昨日の悠人の態度が気になりあまり眠れず、朝7時ごろに目が覚めてしまった。
窓の外はまだ薄曇りで、庭のアナベルは、少し眠そうに揺れていた。
舞花は、いつもよりゆっくりとカップを口に運びながら、ぼんやりと座っていた。
昨日の悠人の態度を思い出すたびに、なぜか少し、息苦しくなる。

舞花は、珍しく庭に出なかった。
なんとなく、
いや、明確に、昨日の気まずさを引きずっていた。
(……なんだったんだろう、あれ)

期待した自分が悪かった?
冷たいって決めつけた自分が子どもだった?
それともやっぱり、椎名さんのあの反応が……
答えが出ないまま、パソコンの画面をにらんでいると──
 
ピンポーン。
 
玄関チャイムが鳴った。

「……え、宅配?」

家族も出かけていて、自分ひとり。
玄関を開けると、そこに立っていたのは──
 
「……えっ、椎名さん?」

「……これ、忘れてました」
 
差し出されたのは、庭のベンチに置きっぱなしだったカーディガン。
昨日の午後、肌寒くて肩にかけていたやつ。

「……あっ、わざわざ……すみません」

「朝の作業、今日は担当外だったんですけど、近くにいたんで」

「……」
(え、わざわざ寄ってくれたってこと……?)
 
「昨日は……失礼しました」

「え?」

「……口数、少なかったかもしれません。気にされてたようだったので」

「…………え、それって」

「別に怒ってたわけじゃないです」

「……私、勝手に拗ねて、帰って……」

「俺が、もっとちゃんと話せればよかっただけです」
 
そう言って、
ふっと、目をそらす仕草。
不器用で、ぎこちなくて、
でもその言葉ひとつひとつが、
まっすぐ心に入ってきた。
 
「……やさしいですね」

「そうですか?」

「昨日よりは」
 
ふたりとも、思わず笑った。
ほんの少しだけ、笑った。
この人、やっぱりずるい。
冷たいようで、急にこうして距離を戻してくる。
言葉は少ないのに、
その中にあるものがまっすぐで。
 
「……昨日、ちょっと怖かったです」

「俺もです。……もう、話しいただけないかと思って」
 
──その一言で、決壊した。
 
(ああ、もう)
(こんなふうに言われたら、だめだって)
(ちゃんと、好きって……認めちゃいそうで)
 
玄関の前で受け取ったカーディガンが、
やけに温かかった。
それは、服のぬくもりじゃなくて。
この人が、“ちゃんと届けてくれた”っていう事実のあたたかさ。
 
「じゃあ……また、庭で」

「はい。……また。」
 
(これが、落ちるってことなんだ)
──自分の気持ちに、やっと名前がついた。
 
好き。
 
ただ、それだけだった。