朝からずっと、しとしとと降り続く雨。

「今日みたいな日はリモートワークでよかった…」

仕事が一段落して、リビングのソファでうずくまりながら、
窓の外を見る。

予報では午後にはやむはずだったのに、なかなか気配がない。

(……今日は、来てないよね)

当たり前。
こんな天気の日に、剪定するわけない。

それなのに。

それなのに、ふとした期待が、心のどこかにあった。
(……バカだな、私)
 
でも、ふと。
廊下を通ったとき、視界の端に見えた。 
花壇のそばに人影が見えた。
 
「……椎名さん?」

慌ててサンダルをつっかけて、外へ飛び出す。
そこには──
しゃがみ込む悠人の姿があった。

「え……なんで今日、来てるんですか?」

「アナベル、支柱立て直しといたほうがいいなって」

「え……あ、私が言ってたやつ……」

「茎、折れやすいんで。この雨じゃ倒れそうだった」

何でもないように言って、
黙々と作業を続ける手。

(それ……私の言葉、覚えてたってこと?)

傘にあたる雨音が、やけに大きく感じる。
言葉が、うまく出てこない。
 
「……帰るんですか?」

「そろそろ。支柱立て直し終わったので。」

「えっ」

悠人の肩は、すでに濡れていた。

「……」

思わず、舞花は自分の傘を差し出していた。
迷う間もなかった。反射だった。

「一緒に入ります?」

「……大丈夫です。お嬢様が濡れてしまいますので」

「入ってください。……倒れたら困るんで」

「俺が?」

「アナベルが」

「そっちか」

小さく笑ったその顔が、
今まででいちばん、やわらかく見えた。
 
距離が近い。
思ってた以上に、ずっと近い。
肩が触れそうで、心音が聞かれそうで、
舞花はそっと息を止めた。
(……呼吸しない作戦、5秒しかもたない)
どんどん上がっていく心拍数に、
バレてないと信じるしかなかった。
 
「……ありがとうございます」

雨の音だけが、会話の続きを遮った。
 
初めて、一緒に歩いた。
傘の中の距離が、
きっとこの庭でいちばん、近かった。