「……ちょっと、暑い……かも」

昼下がりの庭。

夏の終わりとはいえ、日差しはまだ容赦ない。
舞花はお気に入りの木陰ベンチに座ったまま、額を手であおぐ。

午前中、オンライン会議3連続。

お昼はコンビニおにぎりひとつ。

睡眠不足+カフェラテの飲みすぎで、どうやら少しフラついてるっぽい。

(まずいな、これは……)

ごまかしながら立ち上がった瞬間、
ふっと視界がにじんで、バランスを崩しかける。

「──大丈夫ですか?」

その声が聞こえた瞬間、
腕を軽く支えられ、そっとベンチに戻された。

「えっ、あ、え……あれっ」

まともに焦る舞花と違って、悠人の動きは無言でスムーズ。
どこから現れたのか分からないレベルで横にいた。

「顔色、少し悪いです。水、飲んでください」

そう言って差し出されたのは、ペットボトルの水。
作業道具の脇に置いてあったらしい。

「え、いや……それって椎名さんのやつじゃ……」

「今はそれでいいんで」

「えっ、でも、えっ」

動揺しすぎて、語彙力どこ行った。
思わず水を受け取ると、キャップがすでに半回しされてて、
ちょっと飲みやすくなってた。

(なんか……そういうとこ……ずるい)

「……すみません。ちょっと、寝不足で」

「さっき、ゆっくり深呼吸してたんで」

「え、見てたんですか」

「目に入っただけです」

「うわー、その“見てたわけじゃないですよ”感、絶妙ですね……!」

舞花の変わらない返しに安心したのか少し表情のやわらいだ様子で

「褒めてます?」

と椎名が言う。

「ちょっとだけ」

水を飲みながら、心の中がバグる音がする。
これがいわゆる、不器用男子のギャップの破壊力か。

無愛想な第一印象。

トゲある返し。

名前を教えてくれたのもつい最近。

なのに今──こんなに優しい顔、するんだ。

「無理しないでください」

それだけ言って、悠人はまた剪定バサミを手に戻る。
(……ちょっと、好きになりそうって思ったじゃん)

言葉にしたら絶対ダメなやつ。

でも、思った時点でたぶんアウト。
 
水の冷たさと、心の温度。

ズルいなって思ったその気持ちも、
ちゃんと残ってた。