(井上若葉)
大学は、いつも通りの風景。
教室から出て、昆虫研究室に向かう。
「井上若菜って、ウザいよね」
聞き慣れた悪口。
いつもなら、聞き流せるのに、今日は一段と心に刺さってしまう。
私には昆虫研究会の仲間がいるから、あんたらにとって私がウザくても私には関係ない、心の中でそう言い返せてたから。
でも、今はそうはっきり言えない。
芽生ちゃんは、この教室にいなかった。
芽生ちゃんは、私がウザいって言われる性格のせいで大学に来なくなっちゃったんじゃないか、って。そう思うから。
私は、みんなに好かれたかった。
だから、先生に言われたこともちゃんとやって、困ってる子がいたら助けてあげて。でも、そのはずなのに、どんどん嫌われていった。
そんな私に、昆虫が好きっていう奇異な要素が加わって、ハブられるようになった。
ガラガラと、扉が開く音。
「あ、奥谷、おはよう」
「若葉さん。顔色よくないですよ。大丈夫ですか?」
いつも通りのつもりなのに、意外と気づかれてしまうものなんだなと、思う。
あの無断欠席をした日から、芽生ちゃんは研究会、蕾ちゃんとのあの場所にも来なくなった。
自分から話しかけたりとかはしてこないけど、いるとなんだか安心する心地よいような安心剤になっていたのだろう。
どうして、来なくなってしまったんだろう。
また、私がやらかしてしまったのかな。
私はずっと、出しゃばりな性格のせいもあって、集団っていうのに、馴染めなかった。
ただ、集団ってのに、憧れがあって。
だから、大学では楽しい集団を作りたかった。無理をしないで本当に心の底から楽しめる集団。加えて、昆虫が好きな人と出会って、語り合いたい。
そんな思いもあったから、昆虫が好きな人のいそうな「自然大学」を選んだ。そして、昆虫が好きな人を見つけるために、昆虫の研究会を結成しようと思った。
きっと、たくさんの人が入って、たくさんの友達ができて、そんなことを想像してたのに、全然、入りたいって言ってくれる人がいない。
「昆虫研究会、入りませんか?」
それでも、最後の望みを懸けて、授業の人が集まってくる時間に、そう、大きな声で叫んだ。
誰も何も聞こえてないかのように振る舞って、目すら向けてくれない。
嫌われたとしても、後悔したくないから。嫌われてもいいから、できる限り。ということで、教室の机の最前列から順に説明していった。
「いや、ちょっと」と、迷惑そうにするのにも、お構いなく。
3列目の一番右の席。
教科書を見ているふりをしながら、私をちらちらと見ていた。
「名前。何ていうの?」
「芽生です。えと、葉っぱの芽に生まれるって書いて」
緊張しながらも丁寧に教えてくれた。
「芽生ちゃんは、昆虫好き?」
初めて、昆虫が好きってことに賛同してくれる人がいて嬉しかった。
芽生ちゃんに入ってほしいなって気持ちが強く芽生えた瞬間。
「私が一番好きな昆虫はシジミチョウでね、ちっちゃくてよく低いところを飛ぶチョウなんだけどね」
芽生ちゃんが頷いたのを合図にしたかのように、私はシジミチョウについて熱く語り始めた。
「シジミチョウって、翅を閉じてるときは白に黒い斑点でモンシロチョウに似た模様なんだけど、翅を開くとあおって言うのかな、紫っていうのかな、とにかくものすごくきれいな色をしてるんだよね」
芽生ちゃんはそれに大きく頷いて、「きれいですよね」と返す。
「私が初めて、それを見た時がね、確か幼稚園くらいだったんだけど、翅を閉じて色が変わって、ほんとに物凄く驚いてさ、『ちょうちょさんが魔法使ったよ』って、お母さんに言ったの。ほら、あの時、魔法使いプリンセスっての、流行ってたから、それで『魔法だ』って、思ったんだろうね」
「そしたらさ、お母さんが『ちょうちょさん、魔法使ったの?すごいね』って。その後さ、『若葉ちゃんも魔法使ってみたい?』って聞いたの。そんなのもう、使ってみたいに決まってるじゃん。もちろん頷いたら、『じゃあ、どうして魔法を使えるのか調べてみよう』って、図鑑とか買ってくれたの。それが、昆虫を好きになったきっかけなんだ」
ただ、私が好きな昆虫に関する思い出を話してるだけなのに、一生懸命相槌を打って、聞いてくれた。そのことが、いつもめんどくさいって、かわされてた私にとって、物凄く嬉しかった。
私が作りたい昆虫研究会のテーマ。昆虫の魅力をいろんな人に知ってもらうこと。その中で、こんちゅに危害を与えないようにすること。
その話にも、大きく頷いてくれた。
そして。
「芽生ちゃん。一緒に昆虫研究会、入ろうよ」
その誘いに、大きく頷いて、入会届を書いてくれた。
嬉しかったな。今の昆虫研究家があるのは、今の私があるのは、芽生ちゃんのおかげだって思ってる。本当に心の底から感謝してる。
なのに、また私がやらかしちゃったのかな。
「奥谷はさ、芽生ちゃん、どうして来なくなっちゃったんだと思う・」
自分は突っ走ってしまう性格だから。奥谷なら、私じゃない人なら、簡単にわかることなのかもしれない。
「芽生さんすか?」
奥谷は、そう呟いて、考えるように下を向いた。
「やっぱり、私のせいなんだよね」
沈黙が苦しくなって、自責のつぶやきを漏らす。
それでも、奥谷は悩んだまま。
やっぱり、私のせいなんだな。そう思ったところで、奥谷が言葉を絞り出した。
「その、上手く伝わんないかもしれないですけど」
そう前置きして話始めた。
「なんつーか、蕾ちゃんと若葉さんの間に入りたかったんじゃないかなって。入っていはしましたけど、疎外感というのか」
ーー確かに、私と蕾ちゃんばっかり話してたかもしれない。そっか。ひとりって、寂しくて苦しいこと、知ってたはずなのにな。
それを気遣って、動けなかった。
やっぱり私のせい。
どう思われるのか、怖いけど、私は芽生ちゃんに昆虫研究会にも蕾ちゃんとの集まりにも戻ってきてほしい。
そして、あのときにおれいをちゃんといいたいな。
ありがとう、って。
そうだ。
「ねえ、_______」
私は、思いついた案を奥谷と鈴川さん、そして、チャットで蕾ちゃんにも呼び掛けた。
大学は、いつも通りの風景。
教室から出て、昆虫研究室に向かう。
「井上若菜って、ウザいよね」
聞き慣れた悪口。
いつもなら、聞き流せるのに、今日は一段と心に刺さってしまう。
私には昆虫研究会の仲間がいるから、あんたらにとって私がウザくても私には関係ない、心の中でそう言い返せてたから。
でも、今はそうはっきり言えない。
芽生ちゃんは、この教室にいなかった。
芽生ちゃんは、私がウザいって言われる性格のせいで大学に来なくなっちゃったんじゃないか、って。そう思うから。
私は、みんなに好かれたかった。
だから、先生に言われたこともちゃんとやって、困ってる子がいたら助けてあげて。でも、そのはずなのに、どんどん嫌われていった。
そんな私に、昆虫が好きっていう奇異な要素が加わって、ハブられるようになった。
ガラガラと、扉が開く音。
「あ、奥谷、おはよう」
「若葉さん。顔色よくないですよ。大丈夫ですか?」
いつも通りのつもりなのに、意外と気づかれてしまうものなんだなと、思う。
あの無断欠席をした日から、芽生ちゃんは研究会、蕾ちゃんとのあの場所にも来なくなった。
自分から話しかけたりとかはしてこないけど、いるとなんだか安心する心地よいような安心剤になっていたのだろう。
どうして、来なくなってしまったんだろう。
また、私がやらかしてしまったのかな。
私はずっと、出しゃばりな性格のせいもあって、集団っていうのに、馴染めなかった。
ただ、集団ってのに、憧れがあって。
だから、大学では楽しい集団を作りたかった。無理をしないで本当に心の底から楽しめる集団。加えて、昆虫が好きな人と出会って、語り合いたい。
そんな思いもあったから、昆虫が好きな人のいそうな「自然大学」を選んだ。そして、昆虫が好きな人を見つけるために、昆虫の研究会を結成しようと思った。
きっと、たくさんの人が入って、たくさんの友達ができて、そんなことを想像してたのに、全然、入りたいって言ってくれる人がいない。
「昆虫研究会、入りませんか?」
それでも、最後の望みを懸けて、授業の人が集まってくる時間に、そう、大きな声で叫んだ。
誰も何も聞こえてないかのように振る舞って、目すら向けてくれない。
嫌われたとしても、後悔したくないから。嫌われてもいいから、できる限り。ということで、教室の机の最前列から順に説明していった。
「いや、ちょっと」と、迷惑そうにするのにも、お構いなく。
3列目の一番右の席。
教科書を見ているふりをしながら、私をちらちらと見ていた。
「名前。何ていうの?」
「芽生です。えと、葉っぱの芽に生まれるって書いて」
緊張しながらも丁寧に教えてくれた。
「芽生ちゃんは、昆虫好き?」
初めて、昆虫が好きってことに賛同してくれる人がいて嬉しかった。
芽生ちゃんに入ってほしいなって気持ちが強く芽生えた瞬間。
「私が一番好きな昆虫はシジミチョウでね、ちっちゃくてよく低いところを飛ぶチョウなんだけどね」
芽生ちゃんが頷いたのを合図にしたかのように、私はシジミチョウについて熱く語り始めた。
「シジミチョウって、翅を閉じてるときは白に黒い斑点でモンシロチョウに似た模様なんだけど、翅を開くとあおって言うのかな、紫っていうのかな、とにかくものすごくきれいな色をしてるんだよね」
芽生ちゃんはそれに大きく頷いて、「きれいですよね」と返す。
「私が初めて、それを見た時がね、確か幼稚園くらいだったんだけど、翅を閉じて色が変わって、ほんとに物凄く驚いてさ、『ちょうちょさんが魔法使ったよ』って、お母さんに言ったの。ほら、あの時、魔法使いプリンセスっての、流行ってたから、それで『魔法だ』って、思ったんだろうね」
「そしたらさ、お母さんが『ちょうちょさん、魔法使ったの?すごいね』って。その後さ、『若葉ちゃんも魔法使ってみたい?』って聞いたの。そんなのもう、使ってみたいに決まってるじゃん。もちろん頷いたら、『じゃあ、どうして魔法を使えるのか調べてみよう』って、図鑑とか買ってくれたの。それが、昆虫を好きになったきっかけなんだ」
ただ、私が好きな昆虫に関する思い出を話してるだけなのに、一生懸命相槌を打って、聞いてくれた。そのことが、いつもめんどくさいって、かわされてた私にとって、物凄く嬉しかった。
私が作りたい昆虫研究会のテーマ。昆虫の魅力をいろんな人に知ってもらうこと。その中で、こんちゅに危害を与えないようにすること。
その話にも、大きく頷いてくれた。
そして。
「芽生ちゃん。一緒に昆虫研究会、入ろうよ」
その誘いに、大きく頷いて、入会届を書いてくれた。
嬉しかったな。今の昆虫研究家があるのは、今の私があるのは、芽生ちゃんのおかげだって思ってる。本当に心の底から感謝してる。
なのに、また私がやらかしちゃったのかな。
「奥谷はさ、芽生ちゃん、どうして来なくなっちゃったんだと思う・」
自分は突っ走ってしまう性格だから。奥谷なら、私じゃない人なら、簡単にわかることなのかもしれない。
「芽生さんすか?」
奥谷は、そう呟いて、考えるように下を向いた。
「やっぱり、私のせいなんだよね」
沈黙が苦しくなって、自責のつぶやきを漏らす。
それでも、奥谷は悩んだまま。
やっぱり、私のせいなんだな。そう思ったところで、奥谷が言葉を絞り出した。
「その、上手く伝わんないかもしれないですけど」
そう前置きして話始めた。
「なんつーか、蕾ちゃんと若葉さんの間に入りたかったんじゃないかなって。入っていはしましたけど、疎外感というのか」
ーー確かに、私と蕾ちゃんばっかり話してたかもしれない。そっか。ひとりって、寂しくて苦しいこと、知ってたはずなのにな。
それを気遣って、動けなかった。
やっぱり私のせい。
どう思われるのか、怖いけど、私は芽生ちゃんに昆虫研究会にも蕾ちゃんとの集まりにも戻ってきてほしい。
そして、あのときにおれいをちゃんといいたいな。
ありがとう、って。
そうだ。
「ねえ、_______」
私は、思いついた案を奥谷と鈴川さん、そして、チャットで蕾ちゃんにも呼び掛けた。



