冠葉Side
「アンタにあたしの何が分かる」
泣きそうな声だった。
どこかに消えてしまいそうな弱々しい表情だった。
『―――せよ…』
その声が、その表情が、あの日の彼女と重なった。
(まだ、抜け出せないのか…)
情けないのは桃じゃない。
彼女の心の澱に気付いていながら何も出来ない俺だ。
「それにしてもタイミング良過ぎない?」
そう言ったのは桃だった。
「タイミング?」
「“蠍”の同盟の件だよ。まるで海ちゃんの謹慎明けを狙ったみたいにタイミングが良いじゃん」
「言われてみれば…」
桃の疑問に緋真と駿河は「うーん…」と唸りを上げる。
「それについては俺も同意見だ。この1ヶ月、“蠍”は何の対策も講じぬまま日下部に挑んでは惨敗した。ただのバカと済ませるのは簡単だが逆にそれが不自然とも言える。この期間調整には何らかの裏があるような気がしてならない」
頼稀の考えを否定する者は誰もいない。
誰もがその可能性にぶち当たりそうでなければいいのにと微かな希望を抱く。
「あるいは本当の狙いは別に…」
「どう言う意味ですか?」
「断言は出来ないよ。ただ裏で何かが動いてるのは確かだろうね。僕等の知らないところで何か…」
そう言うとアゲハさんは視線を落として長い足を組み直した。
「それに“玄武”が関係してるって言うの?」
「断言は出来ないと言ったろう。それに“玄武”に関することなら冠葉に聞いた方がどんな情報よりも正確じゃないかな」
「そこで俺に振りますか?」
“四神獣連合北ノ陣玄武”。
奴等は県立北武館高等学校を拠点に活動する四神一の武闘派集団だ。
また決して他の族とは組まない正に身内のみを信じる孤高のチームとして知れ渡っている。
そのため警戒心がとても強く、原則アジトである校舎への侵入は関係者以外許されていない。例外もなくはないが…。
「“玄武”が他と手を組むとは考え難いが“蠍”と接触したのが事実なら無視することは出来ない。早速明日にでも連絡するつもりだ」
「……信用出来んのかよ?」
「信用?」
「さっきは簡単に考えてたけどよ、よくよく考えてみたら一応“玄武”は敵だろう。いくら顔見知りだからって安易に接触しない方がいいんじゃねぇか?」
“玄武”に?それとも総長に?
そう聞き返そうとしてやめた。
「どうだろうな…」
自分でも暢気な声だと思う。まるで他人事だ。
すると何を勘違いしたのかアゲハさんと頼稀以外の4人が一斉に騒ぎ出した。
「ちょ、ちょっとサクちゃん!何暢気なこと言ってんの!?」
「そうですよ!ヒサくんの言う通りです!そんな信用出来ない人のところに冠葉さん1人で行くなんて危険ですよ!」
「いくら佐倉さんでも1人で“玄武”を相手するなんて無茶でしょう。てか無謀?」
「お前何考えてんだよ!?」
それはこっちの台詞だ。
何を勘違いしてるのか知らないが誰が好きで好んで“玄武”に喧嘩売るかよ。
風鳴に言われたのは癪だが確かに自殺行為みたいなものだ。俺はそこまで考えなしのバカではない。
「“玄武”が信用に値するかどうか、それは俺にも分からない」
「分からないって…」
「俺は今の総長とはあまり接点がないからな」
「え、接点がない?」
「お前、1年の頃から連合組んでなかったっけ?」
「その2年間に向こうだって代替わりしてるんだ。全部が全部俺に振るんじゃねぇよ」
「じゃあ今の総長とは仲良くないってこと?」
「……仲良く、はないな」
あっちも俺と仲が良いとは思われたくないだろうしな。
「俺は今の総長よりも先代との付き合いが長かったからな。彼女がいたから“朱雀”と“玄武”の抗争がなかったようなものだ」
“四神獣連合”の中で一番と言っていいほど“朱雀”と“玄武”の関係は最悪だ。
それが初代から変わらない伝統のようなもので良くも悪くも現在まで受け継がれて来た。
だから俺と彼女の関係も最悪……ではなく、どう言うわけか馬が合って彼女が引退するまで両チームが抗争に発展することは一度もなかった。それは彼女が引退した後も変わらない。

