いつもは騒がしい幹部室がまるでお葬式みたいに静かで居心地が悪い。
僕だって静かな空間が嫌いなわけじゃない。
ただ本来ここは騒がしい場所であって静かなんて無縁の場所だからより不自然さを覚えてしまう。何より海ちゃんがいないだけで僕にとっては居心地が良い場所とは言えなくなってしまったんだ。
「冠葉さんは真っ直ぐですね」
不意にそんな声が聞こえて来た。
よっちゃんはサクちゃんを視界に捉えて微かに口角を上げた。
「真っ直ぐで、優しくて………甘いんですよ」
「アイツ限定で」と付け加えて。
「それを悪いとは言いませんよ。不器用なりに精一杯歩み寄ろうとしてるんですから寧ろ良い傾向だと思ってます」
「………」
「でも踏み込むのは時期尚早じゃありませんか?」
それだけ言ってよっちゃんはサクちゃんに興味がなくなったようにサクちゃんから尚哉に視線を移した。
「ガキ」
「なっ!?」
うん、間違いない。
「頼稀!お前どっちの味方なん…「どっちの味方でもねぇよ。アイツのことになるとすぐ感情的になりやがって。お前は“風魔”の人間だろうが」
「、」
「自覚しろ、バカ」
「……っ」
尚哉はまるで苦虫を噛み潰したような顔をしてグッと拳を握り締めた。
一丁前に反抗的なくせによっちゃんに指摘された部分をちゃんと理解して感情を押し殺す尚哉を見て少しは成長したと感じた。
(あの頃は自分以外の人間を“バカ”だと思ってたくせに…)
尚哉が入隊した時はそれはもう生意気で生意気で、ムカつき過ぎて何度殺してやろうと思ったことか。
そのくせ最初は世話係だった海ちゃんのことをうざがってたくせに今や海ちゃんにべったりのストーカー野郎になりやがった。
今でも生意気でうざくてムカつくことに変わりないけど、それでもあの頃よりマシだと思えるのはきっと海ちゃんの存在が大きいからだ。
「ふふっ、尚哉も大人になったね」
「だね」
でもそれが余計にムカつくんだけどね〜。
「……佐倉さん、昼に海と会ってたの?」
「ああ」
あーちゃんに笑われてすっかり機嫌を損ねた尚哉は不機嫌丸出しの態度でサクちゃんに話し掛けた。
サクちゃんが海ちゃんと会ったのは海ちゃんが“朱雀”の溜り場と知らないで間違えて旧音楽室に入っちゃった時のことだろうけど、何で尚哉が今その話しをぶり返したのか分からなかった。
話の脈絡がない。どう考えてもさっきまでのシリアスな雰囲気の続きで不自然でしょう。
「ふーん…」と1人で勝手に納得してる尚哉に自然と皆の視線が集中する。
「……何かあったのか?」
当然その不自然さに気付かないサクちゃんではない。
「別に」
「あったんだな?」
サクちゃんが更に追及する。
「だから何でもないですって、……もう過ぎたことだし」
「どう言うことだ?」
サクちゃんの目付きが険しさを増す。
そんなサクちゃんの視線に臆することなく平然としていられる尚哉を見て腐っても暴走族の一員なんだと改めて認識した。まあ、言い方を変えれば人生舐め腐ったクソ野郎とも言えるけど。
「きっと尚哉くんは海さんが早退したことを言ってるんだと思いますよ」
「早退?」
サクちゃんの疑問に答えたのはすーちゃんだった。
すーちゃんは尚哉に「そうでしょう?」と同意を求める。
初めは渋っていた尚哉もすーちゃんの無垢な瞳に負けて渋々首を縦に振った。
「マジか。アイツ大丈夫かよ?」
「体調が悪そうには見えなかったが…」
海ちゃんが早退したことは知っていた。だって僕との約束をすっぽかして1人で帰っちゃったくらいだもん。
でもサクちゃんが言うように体調が悪そうには見えなかったから「何で待っててくれなかったの?」と理不尽にも本人に詰め寄ってしまったのだ。
(悪いことしちゃったな…)
もしかしたら海ちゃんにも事情があったのかもしれない。
平気なように見えても実は体調が悪かったとしたら…、嫌われちゃったかな。
それだけは嫌だな。海ちゃんに嫌われるなんて考えただけでも嫌だ。
ちゃんと謝ろう。言い過ぎちゃってごめんね。今度は一緒に帰ろうねって。そうしたらまた一緒にアイス食べてくれるかな。
―――桃。
あの凛とした心地良い声でまた僕の名前を呼んでくれるかな。
呼んで、欲しいな。
「海のことなら大丈夫ですよ。風邪が原因で早退したんじゃないって今さっき分かりましたから」
「風邪じゃない?何でお前にそれが分かる?」
「さあ、何ででしょうね」
「……風鳴」
「気になるなら本人に直接聞いてみたらどうです?まあ、海のことだから絶対に言わないと思いますけど」
「………」
年下で新入りのくせにクソ生意気な態度を取り続けられる尚哉を僕は怖いもの知らずのバカだと思っている。
あのサクちゃんにそんな口を聞くなんて本当知らないって幸せなことだと実感するよ。
(おめでたい奴…)
サクちゃんの鋭利で容赦ない視線が尚哉に突き刺さる。
その顔には「お前に海の何が分かる」って書いてあった。

