紅い蝶の見る夢




桃Side





パタンッと、物寂しい音を残して海ちゃんは幹部室から出て行ってしまった。



誰も何も言わない。

言えるわけがない。



(だって、あの海ちゃんは…)



海ちゃんと初めて会った時、まるで迷子みたいだと思った。
本当の子供みたいな無邪気さや愛らしさはなかったけど、どこか儚げで不安定で親猫や飼い主から見捨てられた子猫を連想させた。
それが僕が感じた海ちゃんの第一印象だった。
あの頃と比べれば喜怒哀楽の感情表現が増えたと思うけどまだまだ感情豊かとは言い難い。
ただサクちゃんと口喧嘩する時だけは素直…と言うか自分の感情を隠すことなく素になっていたと思う、お互いに。
そんな2人を見て何度羨ましいと思ったことか。

でも僕はまだ知らなかった。
きっとサクちゃんも他の皆も知らなかったはずだ。
海ちゃんがあんな顔までするなんて…。



「痛ぇな…」



ヒーくんの声がやけに耳に付く。
頭の中で海ちゃんの悲痛な声が何度も何度も木霊する。



ああ、痛い。

痛いよ、海ちゃん。



「……アンタのせいですよ、佐倉さん」



そう言ったのは尚哉だった。
尚哉は怒りを含んだ険しい目付きでサクちゃんを睨み付けた。
でも尚哉はそれ以上何も言わなかった。
サクちゃんも何も言わない。反論も、謝罪も。

僕を含む他の皆だって何も言わない。サクちゃんを責めることも、尚哉を咎めることも。
尚哉が言うように海ちゃんにあんな顔をさせたのはサクちゃんの言葉がきっかけかもしれない。でも全部が全部サクちゃんのせいだとは思えない。だってそれはきっと海ちゃんの根本にあるものだから。

尚哉の言い分も分からなくはないから感情的な部分を差し引いて今回だけは何も言わないで置いてあげよう。
皆もそれを分かっているからこそ何も言わずにただただ海ちゃんの帰りを待っているのだ。いつものように幹部室の扉を開けて不機嫌そうにブスッとしながら「……喧しい」と言って帰って来てくれるのを。



でもいない。

僕の大好きな海ちゃんが、どこにも…。



悔しい、悔しいよ。

何も出来ない自分が。海ちゃんに頼ってもらえない不甲斐ない自分が。