紅い蝶の見る夢




海Side





「止まない…」



雨は嫌いだ。
ジメジメして気分は下がるし、空は雲が覆って暗いし、髪は言うことを聞いてくれない。



5月に入ってから雨が降る日が増えた。
梅雨入りにはまだ早いのに先のことを考えただけでイライラする。



空を見上げた。
でもどんよりした空を見ても全然面白くない。
纏まらない髪が鬱陶しくて、手首に付けていた飾り気のない黒いゴムで一つに束ねる。
すっきりした首筋が空気に触れていくらか気分が上がった気もするが、やっぱり憂鬱な気分は晴れなかった。



「はぁ…」



梅雨なんてなくなってしまえ。
そうすればこんな気持ちになることもないのに…、そんな子供染みた発想をする自分に自己嫌悪を覚えながら目の前に聳え立つ大きな建物を見上げて無意識に溜息を漏らす。



都立南城(なんじょう)高等学校。

ここは東都一有名な都立の進学校だ。



「進学校ってキャラじゃないんだけど…」



ああ、帰りたい。
寧ろ一刻も早くこの場から消えてしまいたい。
でもそれを許してくれない人物がいるのもまた現実で、結局のところここに来る以外に選択肢はなかった。



「はぁ…」



憂鬱な気分のまま校舎へと足を進める。
すると背後から声を掛けられた。



「何で溜息吐いてんの?」

「溜息吐くと幸せが逃げるんですよ」



聞き覚えのある声に再び溜息が零れる。



「……悪いけど、あたしそう言うの信じてないから」



少し低い声を出して睨み付けるように振り返れば、そこには見知った顔が二つもあった。



「ヒェェ〜!!ご、ごごごめんなさいっ!!」

「あははっ!すーちゃんが余計なこと言ってごめんね!」

「何で…」



そう言い掛けてやめた。
2人の身に纏う赤を基調としたブレザーの制服がここの生徒であることを示していた。



「……ここに通ってたの?」

「そうだよ!あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてない」



「ごめんね!」と言いながら両手を合わせて可愛らしく首を傾げるのは宮地桃矢(みやじとうや)。皆からは(もも)と呼ばれている。
シャンパンピンクのミディアムショートに前髪をピンで留めている一見小学生のような風貌で、名前も顔も可愛いくせに腹の中は真っ黒な小悪魔だ。



そんな桃が突然正面から抱き付いて来た。
端から見たらどっちが女か分からないかもしれない。



「海ちゃん久しぶり!会いたかったよ!」

「……どうも」



一々リアクションが大袈裟な桃を適当に遇らう。



「あ、今“大袈裟”だと思ったでしょう?」



エスパーか。



「もうっ、全然大袈裟じゃないよ!最近海ちゃんが倉庫に来てくれなくて本当寂しかったんだからね!」

「皆さんも寂しそうでしたよ」

「皆さん?」



嘘だな。

寧ろ厄介者がいなくなって清々してるはずだ。



「僕だって海さんがいなくて凄く寂しかったですよ」

「へー」

「誰もお前のことなんて聞いてねぇよ…(ボソッ)。ねぇ、海ちゃん!」

「ヒェエエ〜!!」



本日2回目の奇声を上げるこのヘタレは伊月駿河(いづきするが)
髪は茶髪に染めているが目元を隠すように前髪を伸ばしている一見陰キャみたいな男で、見ての通り桃専属の下僕である。



「……桃、邪魔」

「えー!もう少し良いじゃん!久しぶりの海ちゃんなんだから堪能させてよー!」

「良くない」



桃の両肩を押して距離を取る。
不満そうに口元を窄める桃のことは無視しよう。



「海ちゃん冷たーい…」

「冷たくない」

「僕のこと嫌いになったの?」



桃は大きな目を潤ませながら上目遣い攻撃を仕掛けて来る。
大抵の奴なら一発KOだろうが、あたしはそうはいかない。そんなぶりっ子して許される年齢はとっくに過ぎてるんだよ。ただ違和感がないほど似合ってるから誰も突っ込まないだけ。
そもそも嫌いじゃない前提で話をされたらこれ以上話が進まないから困る。



「やっぱり嫌いになったんだぁ…」



グスンと、終いには泣き真似までする始末。
何だか悪いことをした気分だ。質が悪い。



「……別に、嫌いじゃないよ」



好きでもないけど。



「嘘だ!海ちゃんは僕のこと嫌いなんだ!」

「だから嫌いじゃないって」

「じゃあ何で倉庫に顔出さないで街で暴れてたの!?」



チッ、やっぱりバレてたか。



「海ちゃんの浮気者!」

「は?」



浮気?

心当たりがない。



「僕知ってるんだからね!海ちゃんが街で暴れてた時、どこぞの馬の骨を連れて歩いてたこと!」



馬の骨?



「あー…」



訂正。心当たりはある。

でも何でそれを桃が知ってんだ?



「皆さんも心配していましたよ、海さんに彼氏が出来たんじゃないかって」

「何の心配してんだよ」



彼氏云々は兎も角、奴等が心配なんてするがはずない。



だってあたしは紅蝶なんだから。