紅い蝶の見る夢




祈織Side





「全く騒がしい奴だな」



怒声を撒き散らしながら旧音楽室を飛び出した日下部の後ろ姿に冠葉さんは文句を言いながらも楽しそうに口元を緩めていた。
冠葉さんの笑った顔を見たのはこれが初めてだった。普段から口数が少なくあまり感情を表に出さない冠葉さんだが“朱雀”の頭を張っていた当時は常に威圧的な雰囲気を纏っておりあえて他人を寄せ付けないようにしている節が見受けられた。だからと言って冠葉さんはいつも怒っているわけではない。冠葉さんはどちらかと言えば他人に優しく若しくは無関心であっても自分には非常に厳格な方だ。そのため怒っているような険しい顔付きに見えることが多々あった。そんな姿を間近で見て来た者としては今の光景はとても信じられないものだった。



「冠葉さんに手を上げるなんて…、信じられない。何なんですかあの女は?」



だから不思議だった。



「うちの副隊長と説明したはずだぞ」



理解出来なかった。



「そうではありません。僕が言いたいのは…」



東日本を統一する三つの勢力。



No.1 “百鬼夜行”

No.2 “八咫鴉”

No.3 “Bloody Butterfly”



そしてその最も近くに席を置くのが我々No.4の“四神獣連合”だ。
“四神獣連合と”は四つのチームを結集させて作られた暴走族で一つ一つのチームによって様々な特徴がある。

“北ノ陣玄武”は連合一血の気の多い過激派戦闘集団。
“東ノ陣青龍”は過激で荒事を起こす輩が多く所属しており目的のためなら手段を選ばない非人道的な集団。
“西ノ陣白虎”ははっきり言って謎に包まれた気味の悪い集団。普段何をやってるか分からないし、そもそも奴等の目的が分からない。特に気味が悪いのはその足取りが全く掴めないほどの絶対秘密主義なところだ。
そして我が“南ノ陣朱雀”は一言で言えば穏健派と言われている。この世界では穏健派=弱いと思われがちだが我々は決して弱くない。ただ無駄な争いを好まないと言うだけ。

“朱雀”は“B2”の傘下の中でも一番の古株で主軸である。
僕が“朱雀”に入ったのは前総長の冠葉さんに憧れていたからだ。
冠葉さんは強い。喧嘩だけでなくどんな逆境にも挫けない強い精神力。その上人の上に立つカリスマ性を持ち合わせた正に僕にとって理想の人だった。



だからこそ不思議だった。理解出来なかった。



「何故、あの女が貴方のパートナーなのですか?」



僕は知りたかった。
心身共に強く自分に厳しい人がどうして態々あの女を選んだのか。
口が悪いとか、女らしくないからとか、そんな理由からではない。
あの女の出生がネックだからだ。



「あの女が貴方の捜し求めていた人なのですか?」

「………」

「しかしあの女は…」



冠葉さんにとって相反する存在のはず。



「……よく覚えていたな、そんな昔話」



そう言って冠葉さんは日下部が出て行ったドアを見つめながら苦笑した。



「それではやはりあの女は…「祈織」



僕の台詞を遮るように冠葉さんが僕の名前を呼ぶ。

ピンッと、無意識に背筋が伸びる。



「誰に何と言われようと俺の考えは変わらない」

「、」



それだけ言うと冠葉さんは旧音楽室を出て行った。
きっと日下部の後を追ったのだろう。滅多に感情を表に出さない人があの女のことに限ってはこうも分かり易くなるのか。俄かに信じられなかった。



あの女を見つけたのは偶然だったのか。

あの女を副隊長に指名したのは隊長としての判断か。

あの女の出生を知った上でパートナーとして選んだのか。



しかし冠葉さんは僕の問いに肯定も否定もしなかった。

それが何よりもの明確な回答だった。



「それでは肯定しているようなものじゃないですか…」