紅い蝶の見る夢




「何なんですかこの女は…」



此花は佐倉に突っ掛かるあたしをまるでゴミを見るような目付きで見ていた。
いくらあたしの態度が最悪でも初対面の人間に対してあまりにも無礼ではないだろうか。本来ならそんなことを一々気にするあたしではないが、ある疑念が脳裏に過ぎったために目の前の人間の動向が気になったのかもしれない。



「そうだな…。“紅蝶”と言えば分かるか?」

「、」



その単語に此花は微かに眉を顰めた。
あたしの正体をある程度予測していたのか、此花はそれ以上大袈裟な反応を示さなかった。
ただ小さな声で「コイツが…」と声を漏らすだけ。
確かに今のあたしは髪を結んでいないから左耳の蝶のピアスが見えていなかった。逆を言えば黒髪に紅い蝶のピアスを付けていれば一発で身バレすると言うことだ。忌々しい蝶め。



「悪いな。本当はお前の襲名式に合わせて紹介する予定だったんだが何かと都合が付かなくて今になってしまった」

「いえ…」



此花はあたしの正体が紅蝶だと分かった途端、罰が悪そうにあたしから視線を逸らした。



「で、アンタは?」



でもあたしは此花から視線を逸らさなかった。



「アンタこそ一般人じゃないでしょう。こっちのことだけバラされて自分のことはだんまりかよ」

「おい、口」

「煩ぇ」

「……つまり、僕の正体が気になると?」

「フェアじゃないって言ってんだよ」



「素直に気になるって言えばいいものを…」とぼやく佐倉を横目で睨み付ける。



「貴様が紅蝶であるなら時期に分かることだが…、いいだろう。僕の名前は此花祈織。冠葉さんの意志を継ぎこの度“四神獣連合南ノ陣朱雀”第15代目総長に襲名した」



(ああ、コイツが例の“朱雀”の…)



南城の守護神。



一般人ではないと思っていたけどまさか総長とは驚きだ。
目付きは悪いからそれなりに威厳もあるんだろうけど、どこか頼りないと言うか危うい雰囲気を纏ってるように思うのはあたしだけだろうか。
恋ちゃんがあたしを推してる理由が少しだけ分かったような気がする。



「佐倉の意志って?」

「フン、何を今更。冠葉さんは14代目“朱雀”の総長じゃないか」

「は?」



佐倉が元“朱雀”の総長?

“B2”なのに?



「……まさか、知らなかったのか?」



此花の言葉は完全に寝耳に水だった。
今日はこんな言葉ばかりだ。“朱雀”とは何なのか、その“朱雀”を作ったのが自分の父親で恋ちゃんが2代目だと言うことも、佐倉が前“朱雀”の総長だと言うことも。
自分の無知を棚に上げて目の前の佐倉を睨み付けた。でも当の本人は「ああ、そう言えば言ってなかったな」と暢気な声を発するだけで大して気にしていなかった。



「何で言わねぇんだよ…」

「聞かれなかったから忘れてた。それにもう引退した身だ。今更昔の話を聞いても面白くないだろう」

「アンタの話に面白さなんて求めてねぇよ。引退したっていつだよ?あたしが“B2”に入る前だったわけ?」

「いや、引退したのは今年の3月だが」

「2ヶ月前かよ!じゃあ“B2”と兼任してたってこと!?そのくせあたしに隠してたとか意味分かんねぇんだけど!?」

「まあ、結果としてはそう言うことになるが俺としては隠しているつもりはなかったんだ。聞かれなかったから話さなかっただけだし、お前だって俺がどこで何をしていようとどうだっていいだろう?実際お前が“B2”に入ってから俺が“朱雀”を引退するまでの間お前は一度も疑問に思わなかったんだからな」



確かに聞かなかったのは事実だし佐倉がどこで何していようとどうだっていい。
でもそもそも“朱雀”の存在自体今日初めて知ったんだぞ。それなのに疑問もクソもないだろうが。



「それとも…」



不意に佐倉の手があたしの方へと伸びる。

その手はあたしの髪をサラッと掬って距離を縮める。



「知りたいのか、俺のこと?」

「っ!?」



耳元で響くテノール音に鳥肌が立つ。
挑発とも取れる佐倉の言葉に頬に熱が集中するのが分かる。
あたしを怒らせるのが佐倉の狙いだと分かっているのに思惑通り反応してしまう自分を叱咤するも佐倉の人をバカにしたような態度に我慢ならず声を荒げた。



「だ、れがっ!人をバカにすんのもいい加減にしろクソ野郎!」



そう言ってあたしは佐倉の肩に一発入れて旧音楽室を飛び出した。



何気色悪い声出してんだよ!気持ち悪い!

誰がテメーのことなんて知りたいかよクソッ!

自意識過剰も大概にしとけ!

誰があんな奴のことなんか…っ、



「………ムカつく」



忙しなく動かしていた足がピタッと止まる。
廊下に誰もいないことをいいことに落書きだらけの壁を殴って気持ちを落ち着かせる。
でもこんな状態のまま授業を受ける気にはなれずあたしはそのままの足で“B2”の倉庫へと向かうことにした。