「冠葉さん、この女は…」
此花は怪訝そうな表情を浮かべてあたしと佐倉を交互に見る。
そのお陰で佐倉の鬱陶しい視線があたしから逸れた。
「祈織は直接会うのは初めてだったな。コイツは海と言って…」
「名前は聞きました。そうではなくこの女は冠葉さんとどう言う関係なんですか?」
「関係?」
佐倉は此花の言葉を復唱するだけだったが、あたしはその後ろで不満げに眉を顰めた。
「まさか、冠葉さんの女ってことは…」
「ふざけんな。誰がこんな奴の女になるかよ」
「き、貴様!冠葉さんに向かってなんてことを…っ」
「祈織」
「ですが!」
「気にするな。コイツの口の悪さは元からだ」
「悪かったな、生まれ付きで」
これ以上佐倉と話すことは何もない。
此花に対しても一番誤解されたくないことはきちんと訂正出来たのでこれ以上あたしがここにいる理由はなくなった。
そう思ってしれっと教室を出ようとした時、佐倉は逃がさんとばかりにあたしの手首を掴んで制止した。
「話はまだ終わってない」
「話?」
「一緒にいた奴は誰だ?まだ答えを聞いてない」
「アンタには関係ないって何度も言ってんだろう」
「関係なくない。俺には聞く権利がある」
「権利ね…。飼い犬に手を噛まれたら堪ったもんじゃねぇもんな、アンタの威厳ゼロ」
「そんなことはどうでもいい。俺は…」
「ああ、煩ぇな。誰って聞かれても答えようがねぇんだよ。アンタは何が知りたいわけ?名前?性別?住所?悪いけどあたしも大して知らないからアンタが満足する回答は出来ないと思うよ」
「知らない?そんな奴と一緒にいたのか?」
「悪い?」
目を細めてあたしを睨み付ける佐倉に同様の視線を送ってやった。
何も知らない奴に彼等のことを“そんな奴”なんて言われたくない。
何も知らないくせに…。
「お前との関係は?」
「知人」
「男か?」
「多分」
「多分?」
1人は間違いない。
身長とか、体格とか、声とか、間違いなく男のものだ。
でも、もう1人は不明。
「裸見たことねぇから」
あの人の存在は男とか女とかそう言う低俗なもので判断したことがない。
そりゃあ顔だけ見れば文句なしに綺麗だよ。でもあの人は顔だけの人間じゃなくて寧ろそれ以外の部分が大きいから一々性別を気にしたことがなかった。だから平気で一緒のベッドで寝れるんだろうな。男でも女でもどちらでもいい。どちらでもあっても今のあたしにとってあの人の存在はなくてはならないものだから。
ただ不明とは言ったもののあたし的には男だと思っている。だって胸は真っ平だし、結構鍛えてるあたしよりも筋肉質だし、去年一緒に海行った時はラッシュガードの下に海パン履いてたし、後はまあ上手く説明出来ないけど一緒にいるからこそ雰囲気とかで色々と分かることもあるんだよ。
「そうか」
そっと佐倉の手があたしから離れていく。
漸く納得したのか佐倉の視線が少しだけ和らいだように感じる。
「安心した…」
その言葉通り佐倉は安堵したように口元を緩めた。
でも分からない。
「……何が?」
安心したって何が?
何がどう安心したわけ?
「いや、こっちの話だ」
意味が分からない。
だからこの男とは一緒にいたくないのだ。
理解出来ない言動も、何を考えているか分からない澄ました顔も、こちらの考えを容易に読み取ってしまう感の良さも、あたしがこの男を嫌厭する理由だった。

