「―――…あれ?」
ふと足を止めて周囲を見渡す。
落書きのない綺麗な内装。
正しく着用された制服と落ち着いた色の頭髪。
そこはあたしが先程までいた空間ではなかった。
「ここ、どこ…?」
咄嗟に教室を飛び出してヒロから距離を取ったはいいもののここがどこだが分からない。
情けないことに気付けばあたしは学校の中で迷子になっていた。
「確か教室を出て階段を下って渡り廊下みたいなところを通ったから…」
南城高校の校舎は本館と別館の二つに分かれている。
本館には頭の良い一般生徒が、別館には頭の出来が悪いあたしみたいな不良がわんさかいるため万が一の時のことを考えて両者を物理的に離していた。
本館・別館は共に5階建てで4階には1年生、3階には2年生、2階には3年生の教室があり進級する度に階が下がって行く。
あたしが通った渡り廊下は本館と別館を繋ぐ連絡通路だろう。理事長室から教室へ行く時も通ったから間違いない。連絡通路は3階にしかないから今あたしがいる場所は本館の3階と言うことになる。
大体の現在地が分かったから後は適当な時間に戻ればいいか。
今戻ったところでまだヒロを直視することは出来ないだろうし。
ヒロには失礼な態度を取ってしまった。他人にどう思われようと本来気にするあたしではないけど、さっきのは完全にあたしに非があるから申し訳なさが優っていた。
少し時間を置けば元に戻るかな…。ああ、何で今更あの女のことを思い出したんだろう。
南城に来たから?ここにはあの人も通ってるから神経質になってるのかもしれない。嫌だな。そんな柄でもないのに。
それにしても…、
「うぜぇ…」
何がうざいって?
そりゃあこれだよ、これ。
「お、おい…、見ろよあれ…」
「何で不良科の奴がここに?」
「身の程知らずよね。よく南城を受ける気になったものだわ」
「不良科で黒髪?しかもあの蝶のピアスって…」
「えっ、じゃ、あれが噂の…」
「やだ!睨まれちゃった、こっわ~い!」
やだ!海もこっわ~い!
「……………おぇ」
慣れないことはするもんじゃないな。
自分でやって気持ち悪くなったよ、ぶりっ子強ぇ。
嘲笑うような視線も陰口の数々も、どこにいてもあたしに付き纏って来る背後霊みたいなものだ。外も内も同じ。結局は自分以外の人間は皆敵と言うことだ。だから他人は信用ならない。信じたいとも思わないからどうでもいいけど。
そもそも悪口だったら聞こえないように言えよ。こっちに聞こえるように喋ってたら陰口じゃないだろう。
つまり喧嘩を売ってると?このあたしに?よし、その喧嘩買った…、と言いたいところだけどあたしは物理的な喧嘩以外買わないことにしている。だって隅から隅まで一々相手してたらキリがないから。手を出す相手はちゃんと見極めてるつもりだよ、あたしなりにね。
ここにはあたしの食指が動く人間はいないみたいだからこれ以上動物園のパンダのように見せ物になる気はないので今来た道を引き返そうとした時、微かに耳に届いた音があった。
それは悲鳴やエンジン音などの聞き慣れた音ではなく心に直接訴え掛けるような微かな音だった。何の音だか分からない。だから気になったのかもしれない。
いつものあたしなら確実に素通りしていたが、今は時間に余裕があるため暇潰しに音の出所を確かめてみることにした。
軽快な足取りで音の出所に向かって足を進めるととある教室の前で立ち止まった。そこには旧音楽室のプレートが掲げられていた。
ぐるっと周囲を見渡して現在地を確認すると既に別館まで戻って来ていた。いつの間に。
「この音…」
ドアに手を掛けて室内を覗くと、教室の中央に堂々と佇む黒いグランドピアノとそれを演奏する1人の男子生徒が目に入った。
音の正体はこれか。通りで聞き慣れない音なわけだ。ピアノの音をまともに聞いたのは小学生ぶりだった。
演奏している男は顔を伏せているため髪型と上半身しか見えないけど、ネクタイを上まできちんと絞めていることから性別が男だと言うことだけは分かる。
この学校の制服は男子がネクタイ、女子がリボンを着用することを義務付けている。まあ、不良科の連中はそんな規則守ってる方が少ないけど。
斯く言うあたしも指定のリボンだけは付けていない。短いスカート履いてるだけでもゾワゾワするのにリボンなんて付けていられるか。

