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表通りのネオンの光すら届かない、薄暗い路地裏。
ガシャンッと、何かが派手に倒れたような音。
その音に混じって微かに悲鳴が聞こえる。
繁華街を行き交う人々は誰も気付かない。気付くわけがない。
気付いていたとしても助けようとする人間は誰もいない。
もしそんな人間がいるとしたらそれは相当な物好きか、あの“お人好し変人集団”くらいだろう。
何故ならそれがこの街の日常だから。
「―――みーちゃった」
「見てない」
「でも声は聞こえたっしょ?」
「幻聴じゃない?」
「やっだ、いつからそんなお婆ちゃんになっちゃったの?」
「あ?テメー誰に向かってババアって言ってんだよクソジジイ。人をツンボ呼ばわりしてんじゃねぇぞコラ」
「だって俺はちゃーんと聞こえたもん。それにこの目ではっきりと見たし」
「だから?」
「行くっしょ?見学?」
「見学かよ。授業参観じゃねぇんだからな」
「え、寧ろ行かないの?面白そうなのに?」
「どこが?面倒の間違いだろう」
「そんなこと言っちゃってぇ。本当は無視出来ないくせに」
「寝言は寝て言え」
しかし悔しいことにその通りだった。
悪態は吐けどその言葉を強く否定することは出来なかった。
聞こえてしまったからには無視出来ない性分のため身体が勝手に声がした方に向いてしまう。
「……行くぞ」
そんな心情を読み取った仲間の1人が静かにそう告げて徐に歩き出す。
その声に異議を唱える者は誰もいない。
彼等は先導者が照らす道筋を辿るように迷わず裏路地へと入って行く。
1人は罪悪感から。
1人は興味本位から。
1人はそんな2人を放って置けない義務感から。
先頭を歩く仲間が足を止める。
そこに響くのは下劣な男達の笑い声と女の悲鳴だった。
「ヒィッ、いや、た、助けて…!」
奥へ進むと散乱したゴミの山があった。その向こうには人集りも見える。
どうやら地面に転がっているゴミ箱が先程の音の正体のようだ。
そんなどうでもいいことを考えながら足を止めた仲間の後ろから顔を出して目の前の光景をぼんやりと眺めていた。まるで自業自得と言わんばかりの澄ました顔で。
「煩ぇ!騒ぐんじゃねぇ!」
「こんなとこで男漁ってるくせに今更ぶってんじゃねぇよ」
「久々の上玉だな!」
「とっととヤっちまえよ。後が支えてんだから」
人集りの中心にいる女は絶望した。
己の愚かさと非力を嘆いて涙を流す。この状況で複数の男達から逃げ切ることは不可能だと悟ったのだろう。
バタバタと手足を動かし抵抗する女の四肢を拘束し、男達の手が女の服を暴いていく。それでも抵抗をやめない女の顔に拳が飛んで来る。一発とは言え男の拳を直に受けた女は痛みとショックのあまりガクッと手足の力が抜け、綺麗に施された化粧と髪型は山姥のように酷く乱れていた。
もうダメだ、助からない。
女は自分が女の身体であることをこの時初めて後悔した。結局、女は男には勝てない。拳の強さも、社会の風潮も、いつも男が優位になるように出来ているのだとこの世の理不尽さを恨み、無意識に目の前の男達を睨み付けていた。しかし抵抗したらまた殴られる。その恐怖から身体を動かすことは出来なかったが、女は最後の足掻きとばかりに悲鳴のように叫んだ。
「だ、誰か助けてぇぇえええ!!」
誰にも届かない悲痛な叫び。
「くくっ、助けが来ると思ってんのかよ?」
「おめでたい頭してんな」
「この街で俺達“蠍”に歯向かう奴なんているわけ、」
「―――“蠍”?」
届かない、はずだった。
ゾクッと、肌が粟立つ。
その声は男にしては高く、女にしては低いものだった。
「は、」
その人物を確かめようと男達が振り返ろうとした直前、黒い何かが視界の端を遮った。
流れるようにその色を目で追う。しかしその先にあったのは顔面を地面に押し潰されて情けない声を上げる仲間の姿だった。
その光景に男達は理解が追いつかず女を拘束する手を離して呆然と立ち竦む。
「ほーら、やっぱり無視出来なかった」
「素直じゃねぇ奴…」
男達の背後から二つの声がする。
それは笑い声を噛み殺すような震えた声だった。
しかしそれを悟られてはいけないと口元を引き締めて平静を装おうとした声でもあった。
その声は男の顔面をゴツいブーツの底で踏み潰すフードを被った人物に向けて発せられた。
「殺すぞ」
しかし、全然噛み殺せていなかった。
「もうカイちゃんたら言葉遣い悪いんだから。昔の誰かさんそっくりねん」
「誰かさん?」
「……うん、本人にその自覚はないらしい。さっすがシロちゃん」
「お前、頭大丈夫?」
「こう見えても自称常識人だぜ!」
「「自称かよ」」
まるでコントのようだと、何も知らない人間が見たら口元を緩ませてしまうかもしれない。そのくらい彼等の間には緊張感と言うものがまるでなかった。動物園の猿を見に来たようなそんな感覚に近かった。
しかしその反面、男達の耳に入って来た情報はあまりにも残酷なものだった。
男達は意図せず聞こえて来たその単語にブルッと身体を震え上がらせた。
誰かが言った。
震える声を振り絞って、ゴツいブーツを履いたフードの人物を指差しながら。
「“カイ”、だと…っ」
その言葉にゆっくりと顔を上げて反応したのはゴツいブーツを履いたフードの人物本人だった。
でも“カイ”と呼ばれた者は何も答えない。
否定も、肯定もしなかった。
それが男達の恐怖を増幅させていく。
「じゃ、まさか、お前等が…っ!?」
男達は分かっていた。
目の前の人物が本物の“カイ”だと。
「あれ、もしかして俺達って有名人?」
「悪い意味で、だろう」
そして“カイ”と行動を共にする他の2人の正体にも。
「手間が省けた」
彼等はこの街を支配する側の人間だった。
秩序であり、ルールであり、正義であり、そして―――悪だ。
「テメー等が本当に“蠍”ならこれはあたしの獲物だ。手出しはさせない」
殺らなければ、こっちが殺られる。
何故なら彼等が本物であれば自分達に待ち受けるものは、絶望だけなのだから。
「まーたそれかよ。カイちゃんどんだけゲテモノ好き?」
「程々にしろよ」
ああ、声が震える。
「あ、ぁ…っ」
喉が震える。
「、」
身体が震える。
―――さあ、狩りの時間だ。
カイは愉しそうに口元を歪めた。

