紅い蝶の見る夢




「でもまさか海がこっち側の人間になるとはな」



そう言って恋ちゃんは溜息を吐きながら苦笑した。



「こっち側?」

「要は世間様から見たはみ出し者ってことだ。何でこうも親子揃って似るのかね」



終いには「お兄ちゃんは悲しいぞ」と泣き真似をする恋ちゃん。



でもそんなことはどうでいい。

あたしが引っ掛かったのは、この言葉。



「親子?」



嫌な予感しかしない。



「まさか……、それって親父のことじゃないよね?」

「だって嵐さんが“朱雀”の初代頭だぞ」

「………は?」



恋ちゃんの言葉に驚きを隠せず、でも驚き過ぎてリアクションが取れない。
そんなあたしを余所に澄ました顔でしれっと答える恋ちゃんは「何驚いてんだよ」と言葉を漏らした。
その言葉で脳裏に過った嫌な予感が的中したことを知らされた。



「え、海…、まさか本当に知らなかったのか?」

「……初耳」



あのクソ親父が“朱雀”の初代総長?

信じられない。



「まあ、信じられないのも無理ねぇか。今の嵐さんからは想像付かねぇもんな」



日下部嵐(くさかべあらし)
それが父親の名前だ。



「……マジで言ってんの?」

「ここまで言ってんのにまだ信じてなかったのか?俺が嘘吐く必要どこにもねぇだろう?」

「だっていきなり言われても…」



信じられるわけがない。
好きで一緒に住んでるわけじゃないが、少なくとも生まれてからずっと奴の収入で食って来た者としてはあの父親が元暴走族の頭とは到底思えなかった。
確かに粗暴な奴だとは思う。でもあの父親が人の上に立って組織を纏めるだけの力があるとは思えない。何しろ無愛想が服着て歩いてるような男だから他人と上手くコミュニケーションが取れるのかも疑わしいレベルだ。兎に角粗暴で無愛想で口数が少ない奴なのだ、あの男は。
まあ、昔から恋ちゃんには慕われてたみたいだけど。あの父親を慕う恋ちゃんも相当な変わり者なのかもしれない。



「俺だって信じられねぇよ。あの“ゴッドフェニックス”と恐れられた嵐さんがまさか引退後すぐに結婚してしがないBARのマスターになるなんてな」

「ぶぅっ!!」



待って、何その通り名。

クッソダサ過ぎて聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど!!

何だよゴッドフェニックスって!?“朱雀”の初代総長だからってこと!?

そんなクソダサい通り名恥ずかし過ぎて自分から名乗れねぇだろう!!寧ろ名乗ってたら痛過ぎるわ!!

そんな痛い奴が父親とか無理。無理過ぎる。アイツが父親だってことは恥ずかしいから隠しておこう。



「でもまあ、跡を任された俺達としてはあの人がどんな姿になろうとも永遠に伝説の人なんだけどな」

「ふーん…」



………ん?



「跡を任された?」



誰が?

何を?



「あ、言ってなかったってけ?俺が“朱雀”の2代目だって」

「……………うそ?」

「マジ!」



父親だけじゃなく恋ちゃんまで…。



「だから昔からよくうちに来てたの?」

「そう言うこと。嵐さんには昔から良くしてもらってるからな」

「……因みに当時の通り名は?」

「ひ・み・つ♡」



うわぁ、余計に気になる奴じゃん。
ゴッドフェニックスの次だからスーパーフェニックスとか?
……ヤバい。想像しただけで笑えて来た。ぶはっ。



「でも嵐さんは本当に“朱雀”のことを何も言ってないのか?」

「それについては本当に聞いてないよ」



そもそも父親との間に家族の会話みたいなものはほぼ皆無だ。
最後に話したのはいつだったか、もうそれすらも覚えてない。
あたしとしては顔も見たくないくらいだから自分から話し掛けることなんてまずないし、あっちだってきっとそれは同じはずだ。



「おっかしいな。てっきり海に自分の跡を継がせるつもりで南城を受けさせたとばかり思ってたんだが…」

「……アイツ、そう言うの拘んの?」



少し意外だった。
あたしの知ってる父親は一つのことに執着するようなタイプじゃない。
寧ろすぐに見切りを付けるタイプだと思っていた。
何せ家族を捨てた男だ。そう思うのは普通だろう。



あたしが知らないだけ?

恋ちゃんや他の人の前ではねちっこい奴だったとか?



「いや、全然」



どっちだよ。



「でもあの嵐さんが珍しく俺に電話して来て態々海が南城を受験するって言って来たんだぜ。こりゃ絶対海を受からせなきゃって思ったし何かしらの魂胆があると思ったね」

「魂胆…」



言われてみれば思い当たる節がいくつかあった。
高校なんて行く気なかったのに勝手に願書を出したり、突然「最近あの子と会っているのか」とか聞いて来たり、よく考えたら全て「南城」と言うキーワードで繋がっていた。



(どんな魂胆があることやら…)



あたしには関係ないことだ。
どんな魂胆があろうとも誰がそれに乗ってやるものか。意地でも乗らねぇよバーカ。



「安心しろ。嵐さんが何を考えてるのかは知らないが、“朱雀”は今年世代交代したばかりだから今すぐ海をどうこうするのは物理的に無理だし、今の総長がそう易々と引退するとは思えねぇからな。まあ、海がどうしてもって言うなら話は別だけど」

「入りたいわけないじゃん。しかもアイツが作ったとこなんか死んでもご免だね」

「残念。俺は海推しなんだけどな」

「絶対イヤ」



断固お断りだ。



「くくっ、だろうな」

「……揶揄ったでしょう?」

「だってお前可愛いんだもん。顔は美人なのに中身は子供の頃のまんまだな。ああ、かーわい」

「どこがよ!?」



頬を膨らませて不貞腐れるあたしに恋ちゃんは昔のように優しく笑って髪を撫でてくれた。
昔と何一つ変わらない恋ちゃんにあたしは安堵して目を細めた。