「どうぞ」
室内から声が聞こえた。
あれ、この声どこかで…。
「失礼します」
ゆっくりと理事長室の扉を開ける。
窓から差し込む陽の光が反射して黒いシルエットとなり執務机に両肘を付いて誰かが座っているのが分かる。
「久しぶりだな、海」
やっぱり、この声に聞き覚えがある。
しかも向こうをあたしのことを知っているようだった。
光に目が眩むため身体をずらして目を細める。
黒髪のセンターパートにグレーのスーツ姿を身に纏う三十代後半くらいの男。男らしいシャープな輪郭と彫りの深い顔立ち、そして見覚えのある目の下の傷。
あたしはこの人を知っている。
髪型や雰囲気はまるで違うが、その優しい声はちゃんと覚えている。
「れ、んちゃん…?」
「大正解!よく分かったな!」
親父の悪友の真城恋次さん。
小さい頃よく遊んでくれた人で、あたしにとっては歳の離れた兄のような存在だった。だからあたしは昔から恋ちゃんと呼んでいる。
恋ちゃんはあたしが訪ねて来ることを予想していたらしく3人掛けのソファーとソファーの間にあるローテーブルには煎餅やカステラなどのお茶菓子が予め用意されていた。
恋ちゃんに促されてソファーに腰を下ろすと恋ちゃんもあたしの向かいのソファーに座ったので改めてその懐かしい顔をまじまじと観察することにした。
「いやぁ、本当久しぶりだな。すっかり大きくなって一段と美人になったんじゃないか、見違えたぞ。暫く店には顔出せてなかったが変わらず元気にしてたか?」
「あー……うん。はい…」
「何だよその微妙な反応は?都雲が心配してたぞ」
「、」
その名前にビクッと肩が跳ねた。
「てかキレてた」
あうち。
だよな。やっぱりそうなるよね都雲ちゃんなら。
「都雲の奴、今度海に会ったら容赦しねぇって息巻いてたぞ竹刀振り回しながら」
「うわぁ…」
容易に想像付く。
何しろ竹刀は都雲ちゃんのマストアイテムだ。昔からよく振り回してたし、何度あれでケツを叩かれたことか。
そんな都雲ちゃんの恐ろしさを直に知っているからこそ「容赦しない」と言ったその言葉が冗談でも比喩でもないことはすぐに分かった。だから余計に恐ろしかった。悪戯に失敗した子供の気分だ。
「まあ、腹割ってちゃんと話せば分かってくれるだろうアイツなら」
「……うん」
言い方を変えれば、誤魔化しや嘘は一切通用しないと言うことだ。
こりゃ相当覚悟しとかないとな。
でも、
「……何で恋ちゃんがここにいるの?」
「何でって、理事長だから?」
「そうじゃなくて…。いや、まあそう言うことでもあるんだけど、どうして恋ちゃんが理事長なんてやってるの?」
「祖父さんがここの創設者で今までは親父がここの理事長をやってたんだよ。でも他の案件で首が回んなくなりそうってことで今回俺が親父の跡を継いで理事長になったってわけだ」
「恋ちゃんってお坊ちゃんだったの?」
「間違っちゃいないが、俺自身でどうこう出来る金なんてたかが知れてるぜ。俺はただ親父の跡を継いだだけなんだからな」
そこで恋ちゃんがあの真城グループの次男であることを知らされた。
学校運営で有名な鏡ノ院グループと肩を並べるほどの真城グループはこの南城高校だけでなく各都道府県にも真城グループが運営する施設があるらしい。
「俺のことはこのくらいにしてそろそろ本題に入るぞ」
そう言うと恋ちゃんは立ち上がって執務机の中から1枚の紙を取り出してローテーブルの上に置いた。
「この紙に色々と書いてあるから一応目を通しといて」
「あー……うん」
あたしは曖昧な返事をしてその紙に目を通したふりをして鞄の中に仕舞った。

