「神谷、お前……ちょっと、来い」
署内の一室に通された神谷は、静かに敬礼して立った。
目の前に座るのは、彼が長年仕えてきた上司――副署長の北見だった。
「最近、お前の交際相手の話が、ちょこちょこ耳に入ってくる。
……橋口美香奈、だな?」
神谷は、わずかに表情を引き締める。
「はい。お付き合いさせていただいてます」
「事件の対象者だった女性だ。
念のため聞く。……事件捜査中から、私的な関係があったか?」
神谷はまっすぐに北見の目を見据えた。
「ありません。
私的な感情を持つようになったのは、事件が終息し、容疑者が確保された後です」
「そうか。……そう言うと思っていた」
北見は目を細め、ため息をひとつついた。
「お前は昔から生真面目だ。
……だが、この件は署内でも目立ってた。
被害者からの個人的な指名、非番中の対応……そろそろ、限界だろう」
神谷は姿勢を崩さず、黙って話を聞く。
「だから今回は、“最初で最後”だ。見逃してやる。
だが――」
一拍置いて、北見は書類を手渡した。
「4月1日付で異動だ。
捜査一課に転属する。……俺の推薦だ」
「……捜査一課、ですか」
「お前の力は現場で活かされるべきだ。
だが、今のままじゃ“交番勤務と私生活”が交錯しすぎる。
距離をとれ。お前のためでもあり、彼女のためでもある」
神谷は書類を受け取り、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。
その判断に、感謝します」
「……お前は、信頼されてる。現場でも、ここでも。
……しくじるなよ。次はもう“見逃し”はないからな」
「承知しています」
それだけを言って、神谷は静かに部屋を後にした。
背筋を伸ばしたその姿には、
一人の警察官としての誇りと――
ひとりの女性を守る覚悟が、確かに宿っていた。
署内の一室に通された神谷は、静かに敬礼して立った。
目の前に座るのは、彼が長年仕えてきた上司――副署長の北見だった。
「最近、お前の交際相手の話が、ちょこちょこ耳に入ってくる。
……橋口美香奈、だな?」
神谷は、わずかに表情を引き締める。
「はい。お付き合いさせていただいてます」
「事件の対象者だった女性だ。
念のため聞く。……事件捜査中から、私的な関係があったか?」
神谷はまっすぐに北見の目を見据えた。
「ありません。
私的な感情を持つようになったのは、事件が終息し、容疑者が確保された後です」
「そうか。……そう言うと思っていた」
北見は目を細め、ため息をひとつついた。
「お前は昔から生真面目だ。
……だが、この件は署内でも目立ってた。
被害者からの個人的な指名、非番中の対応……そろそろ、限界だろう」
神谷は姿勢を崩さず、黙って話を聞く。
「だから今回は、“最初で最後”だ。見逃してやる。
だが――」
一拍置いて、北見は書類を手渡した。
「4月1日付で異動だ。
捜査一課に転属する。……俺の推薦だ」
「……捜査一課、ですか」
「お前の力は現場で活かされるべきだ。
だが、今のままじゃ“交番勤務と私生活”が交錯しすぎる。
距離をとれ。お前のためでもあり、彼女のためでもある」
神谷は書類を受け取り、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。
その判断に、感謝します」
「……お前は、信頼されてる。現場でも、ここでも。
……しくじるなよ。次はもう“見逃し”はないからな」
「承知しています」
それだけを言って、神谷は静かに部屋を後にした。
背筋を伸ばしたその姿には、
一人の警察官としての誇りと――
ひとりの女性を守る覚悟が、確かに宿っていた。



