午後の光が、書類棚の影を伸ばしていた。

美香奈は、資料のファイリングを終えて、デスクの上を整えていた。
まだ長時間の業務は無理でも、少しずつ“自分の役割”に戻れている実感があった。

タイピングの音。コピー機の駆動音。
誰かがドアを開ける音――
事務所に流れる、当たり前の時間。

(……大丈夫。ちゃんと、ここにいる)

そう自分に言い聞かせながら、美香奈はペンを手に取り、メモ用紙に走らせる。

だが、そのときだった。

背中に――何か、重たいものが落ちてきたような感覚。

視線。
強くはないけれど、確かに感じる。
冷たく、距離を測るような、それでいて、どこか執着に近い気配。

ゆっくりと振り返る。

窓の外。
廊下の先。
誰の姿も、ない。

(……気のせい……?)

自分の神経質さを笑おうとしたが、胸の奥がざわついたままだった。

“まだ終わっていない”――
そんな言葉が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。

美香奈は、ペンを置いて立ち上がると、
窓のカーテンを静かに引いた。

光が一段、弱くなる。

そして、次の瞬間――
事務所のインターフォンが、低く一度だけ鳴った。