ひとつ、ふたつ、ひみつ。

「……一回だけ、母さんがすごく優しかった日があるんだ。小学校が休みの、日曜日だった。朝に微笑みながら起こしてくれて、いつもは用意しない朝ごはんを作ってくれて。いつも怖い顔の母さんが、ずっとニコニコしてた。嬉しかったな」

「……」

私の頭を撫でる手が止まって、大きな手のひらが肩を抱く。
温かい。

「晴れてたけど、雨の音が聞こえてきて。母さんが、『これは、狐の嫁入りだよ』って」

無意識だろうか。肩に乗っている手の力がグッと強くなる。

「『狐の嫁入りは、人間に見つかっちゃいけないから。真尋も、隠れてなくちゃね』って。ひとりで押し入れに隠れたんだ。雨の音が止んで押し入れから出た時、母さんはいなくなってて。戻ってこなかった。それからずっと、今日まで会ってない」