「こまり、本当に一緒に行かない?」

「もー、ママ、今さらだよ」

「だって、心配で……。娘ひとり残していくなんて」

「だから、大丈夫だってば。ママが家にいないなんて、いつものことだもん。困ったことがあったら、あっくんちに助けてもらうし」

「はぁ……」

まだまだ残暑がきびしい、八月下旬。
九月の海外赴任(かいがいふにん)に向けて、荷造りをしながらママがぼやく。

この小言を聞くのは、今日はこれでもう五回目。

何回「大丈夫」って言っても、返ってくるのは同じ言葉。

四月に高校生になったばかりの私、霞こまりは、ママとふたり暮らしの16歳。

外資系IT企業のエンジニア? だったかな。早口言葉みたいな職業の、ママの海外赴任が決まっていて、私は来月からひとり暮らしをはじめる。

一緒についてくるように説得されたけど、せっかく入った高校から転校したくないし、外国での生活は不安だらけ。

ママは今までも出張が多くて、家にいないことは当たり前で、ひとりには慣れている。

それが毎日になるだけで、今までと大して変わりはない。
将来ひとり暮らしをすることを考えれば、予行練習みたいなもの。

最終的に、同じマンションに住んでいる、幼なじみの長岡(ながおか)篤史(あつし)くんのご家族に私のサポートをお願いすることで、ママはひとりで日本を()つことに決めた。