すぐに「ただいま」を返してくれると思っていたから、驚いたようにフリーズして私を見るだけの真尋くんに、肩すかしを食う。

不安になって、少しだけ前のめりになって、見つめ返した。

「……あれ? 真尋く──」

……その時。

「ただいま、こまり」

今までで一番近づいた顔に、言葉尻を奪われる。

唇に当たるのは、マスク越しのやわらかい感触。
目の前には、閉じたふたつのまぶた。

あたたかくて、初めての感覚に言葉を失う。

『いってらっしゃい』は、額にキス。
『おかえり』は、頬にキス。

……じゃあ、これは?

「え、あ……、えっ……?」

真っ赤になって、全身に衝撃が走って、言いたいことが全く言葉にならない。

それだけでも、大事(おおごと)なのに。

「こまり?」

私の名前を呼んだのは、真尋くんじゃなくて。

恐る恐る、首を動かす。
たった今、私たちが歩いてきたばかりのマンションの通路を、同じように歩いてくるのは。

「……あっくん?」