陽向先輩と別れたあと、
なんだかまだ胸がざわざわしていて。
もう少しだけ、静かな場所にいたくて。
私は、放課後の図書室に足を運んだ。
ガラス越しに差し込む夕日。
木の棚。紙の匂い。
ページをめくる音だけが、時間を刻んでる。
——やっぱり、こういう場所が好き。
そう思って、いつもの奥の席に向かおうとしたとき。
「……来ると思ってた」
その声に、心臓が跳ねた。
本棚の影から現れたのは、
静かに佇む、桐ヶ谷 澪くん。
制服のボタンを一番上までとめたまま、
手には一冊の本。
いつもどおり、表情はあまり変わらない。
でも、その目だけが、真っ直ぐで。
「……どうしてここにいるの、わかったんですか?」
「君、疲れると静かな場所に来るから」
「……っ」
「あと、今日の顔……放っておけなかった」
その一言で、なぜか涙が出そうになる。
何も話してないのに、
そんなふうに、全部わかってくれるのは——ずるい。
澪くんは、そっと差し出してくれた。
「……これ、君が読みたがってたやつ。貸出、待ってたでしょ」
「え、でも……どうしてそれを……」
「前に、指で背表紙をなぞってた。……貸出中って知って、少しだけ残念そうだった」
——いつ見てたの。
いつの間に、そんなふうに私を見てたの。
「気づいてないだけで、俺はずっと、君を見てるよ」
ふいに言われたその言葉に、
胸が、ぎゅっとなる。
澪くんは、私の横に座ると、
そっと本を開いた。
「……一緒に読む? 同じページ、めくっていこう」
ページの上で、指先がそっと触れる。
わざとじゃない。
でも、ふれてしまったことを、彼も私も、何も言わなかった。
沈黙。
でも、嫌じゃない。
むしろ、静かすぎて、心の音が聞こえそうになる。
「……ねねちゃん」
名前を呼ばれた瞬間、背筋がふわっと震えた。
「本の中の言葉も好きだけど、
君の声とか、表情とか、……それに反応する心の動きのほうが、
今は、もっと興味ある」
「……それって……」
「“好き”って、こんな感じかなって思ってる」
ささやくようなその声が、
ページの隙間からそっと入り込んで、
私の胸の奥に、静かに灯をともしていった。

