律先輩に会ったあの放課後から、
 ずっと胸がそわそわしてる。

 

 「誰かに取られちゃうの、嫌だな」
 って、あんなふうに言われたら、
 心が落ち着くわけ、ないよ。

 

 気づけば、もう帰りのチャイムが鳴っていて、
 私はそのまま、ふらふらと廊下に出た。

 

 そのとき。

 

 「ねねちゃーん!」

 

 背中から呼ばれた声に振り返ると、
 廊下の向こうから、陽向先輩が軽く手を振りながら走ってきた。

 

 「あ、ちょうどよかった! ねねちゃん空いてる?」

 

 「え? はい……放課後なら」

 

 「やった。ちょっとだけ音楽室、来てくれない?」

 

 「音楽室……?」

 

 「今は俺とねねちゃんしかいない時間、って感じするから」

 

 ——そんなこと、さらっと言わないで。

 

 心臓が、またひとつ跳ねた。

 

 

 そして私は、
 夕日に染まる音楽室のドアをそっと開けていた。

 

 部屋の中はしん……と静かで、
 その真ん中にいたのは、
 アコースティックギターを抱えた陽向先輩。

 

 光に透ける髪と、
 指先からこぼれるやさしいメロディ。

 

 「来てくれてありがと」

 

 にっこりと笑ったその顔が、あまりにまぶしくて、
 言葉を返す前に、心が先にときめいてた。

 

 「今日さ、聴かせたい曲があって。……実は、ねねちゃんのこと考えて作ったんだ」

 

 「……え……?」

 

 「照れる? でもほんと。
  最近さ、ねねちゃんのこと考えすぎて、寝れないくらいだったから」

 

 「そんな……さらっと言わないでください……」

 

 「うん、でも本気」

 

 陽向先輩はギターを爪弾きながら、
 わざと視線をそらすふりをして、それでもちゃんと見てる。

 

 「ねねちゃんのこと、他の男子と話してるの見るとさ、
  俺、もうめちゃくちゃ機嫌悪くなるんだよね」

 

 「え……?」

 

 「たぶん俺、すっごいわかりやすいタイプ。……だって、好きだもん」

 

 ——まただ。
 また心臓の音が、自分にしか聞こえない音量で鳴ってる。

 

 「ねねちゃんの全部が、俺の好きなタイプで。
  てか、ねねちゃんじゃないと意味ない」

 

 陽向先輩はギターをそっと脇に置くと、
 そのまま、私の前にしゃがんで見上げてきた。

 

 「俺の“好き”……ちゃんと届いてる?」

 

 「……届きすぎて、どうしたらいいか、わかんないです……」

 

 「そっか。……じゃあさ、これだけ覚えてて」

 

 陽向先輩は、そっと手を伸ばして、
 私の指に、自分の指をそっと重ねた。

 

 「俺、今、ねねちゃんの手を離すつもり、全然ないから」

 

 その言葉に、
 部屋の空気ごと、全部、甘くとけていった。