窓の外、日が落ちかけた放課後。
 机を片付けていた私の背中に、ふわっと視線が触れた気がして、振り返った。

 

 廊下のガラス越し。
 律先輩が、静かに私を見ていた。

 

 手で合図して、ゆっくり歩いていく。

 

 私の鼓動が、一気に速くなる。

 

 ねえ、律先輩。
 そんなのずるいよ。
 ただ目が合っただけなのに、私、もう息が止まりそうだよ。

 

 

 ——そしてたどり着いた、生徒会室。

 

 部屋の中は静かで、空気が少しだけ冷たい。
 でも、律先輩の存在がそこにあるだけで、空気がやさしくなる。

 

 「……来てくれて、ありがと」

 

 「いえ……あの、用事って……?」

 

 「……うん。特にはないんだけどさ」

 

 そう言って、先輩は立ったまま、
 私の目をまっすぐに見つめてきた。

 

 そのまなざしが、すこしだけ熱を帯びてて。
 いつもの、やわらかい律先輩じゃない気がした。

 

 「今日……誰と話してた?」

 

 「え……?」

 

 「陽向、柊真、澪、奏……。いろんな名前、聞こえてくる。
  でも、ねねちゃんの口から“俺の名前”は出てこない」

 

 「……そんなの……」

 

 「俺、ずるいの嫌いなんだよ。
  でも、“好きな子”を取られるのは、もっと嫌い」

 

 「……!」

 

 言葉が、喉の奥で止まった。

 

 “好きな子”って、今……言った?

 

 「……律先輩、今……」
 「言ったよ。ちゃんと聞こえたでしょ?」

 

 先輩はゆっくりと歩み寄ってきて、
 私のすぐ目の前で立ち止まった。

 

 距離、近い。
 鼓動、爆発しそう。

 

 「ねねちゃん。俺、君のことが好き。
  他の誰かじゃなくて、“君じゃなきゃダメ”って、毎日思ってる」

 

 「……っ」

 

 先輩の声が、
 ささやくみたいに優しくて、でも逃げ場のないくらい真剣で。

 

 私の世界が、ぐらって揺れた。

 

 「今日、呼んだのはさ。……“好き”って気持ち、もう我慢したくなかったから」

 

 律先輩の手が、そっと私の頬に触れる。

 

 やさしいのに、触れた指先が熱すぎて、涙がにじみそうになる。

 

 「……泣かないで」
 「な、泣いてないです……」
 「そっか。じゃあ——泣く前に、こうしてもいい?」

 

 「……?」

 

 そのまま、頭を撫でられた。
 ゆっくり、ゆっくり、まるで確かめるように。

 

 「ねねちゃん。俺に、もっと甘えて」

 

 その一言で、ほんとうに涙が出そうになった。

 

 好きにならないでいられるわけがなかった。