お風呂から上がって、浴衣に着替えて。
 女子の部屋でわいわいしながら、
 「ねぇ、誰がいちばんタイプなの?」なんて、
 からかわれてるうちに、気づけば夜は深くなってた。

 

 そのとき、わたしのスマホが、そっと光った。

 

 《ちょっとだけ、外に出られる? 律より》

 

 “より”って……手紙みたいな終わり方に、
 すでに胸がどきどきしていた。

 

 

 旅館の外、裏手にある中庭には
 小さな石畳の道と、風に揺れる木の影。

 

 そこに、律先輩が立っていた。

 

 

 「……ねねちゃん」

 

 

 その声に、心が落ち着いて。
 でも、どこか、浮き足立ってる自分がいた。

 

 「こんな夜に呼び出すなんて、ごめんね」
 「……いえ。ちょっとだけ、うれしかったです」

 

 

 月明かりだけが照らす中庭。
 夜の空気は、少しひんやりしていて、
 でも律先輩の声は、あたたかくて、やわらかかった。

 

 

 「さっき、ご飯のとき……」
 「……はい」
 「ねねちゃんが、みんなに囲まれてるのを見て、
  ちょっとだけ、ずるくなった」

 

 

 「ずる……?」

 

 「うん。笑ってる君を見て、“うれしい”って思ったのに、
  “僕にだけ、向けてほしい”って思ってしまって……」

 

 

 そんなこと、言われたら。
 もう、どこを見ればいいのか、わからなくなってしまう。

 

 

 「……わたし、
  先輩の前だと、言葉がぜんぶどっかいっちゃいます……」

 

 「それは、僕も同じ」
 「……えっ」
 「ねねちゃんが笑うと、僕の言葉もぜんぶ、どっかいくんだ」

 

 

 ——この人、なんでそんなに、
 さらっと“心に残る言葉”ばっかりくれるの……。

 

 

 気づけば、手がふれてた。
 最初に指先だけ、次に手のひらが、ゆっくりと重なっていく。

 

 

 「ねねちゃん」
 「……はい」
 「君がどんなに天然でも、おバカでも、迷子でも……」
 「……え、えぇ……あれ、全部見られてたやつ……」

 

 「……そんな君を、守りたくなるんだ」

 

 

 言葉の温度が、
 指先から、胸の奥まで、しずかにしみてくる。

 

 

 「今日、こうしてふたりで話せてよかった」
 「……わたしも……です」
 「じゃあ、最後に——お願い、してもいい?」

 

 

 「え……?」

 

 「……目、閉じて」

 

 

 言われるがまま、目を閉じた瞬間——
 ふわっと、やさしいぬくもりが、額にふれた。

 

 

 「おやすみ、“今夜の特別”なねねちゃん」

 

 

 耳まで真っ赤になった私は、
 律先輩の声だけを頼りに、その場に立っていた。

 

 心臓の音が、もう止まらない。
 でも、止めたいなんて、思わなかった。

 

 

 ——ねぇ、先輩。
 わたし、きっともう、恋を知ってしまいました。