——朝から、心臓が爆発しそうだった。

 

 定期テスト本番。
 教室のドアの前で、すでにわたしのHPは残り1ケタ。

 

 

 「ねねちゃんっ! 深呼吸した!?」

 

 陽向先輩が、前からぶわっと現れて、
 いちご味のラムネをわたしの口に押し込んできた。

 

 「ちょっ、むぐっ!?!」
 「糖分大事♡ あと、これ。オリジナル応援お守りっ」

 

 渡されたのは——“九九ポーチ”(手縫い)
 なぜか裏に「陽向参上♡」のサイン入り。

 

 「えっ、これどの科目の守り……?」
 「すべての♡(笑顔)」
 「逆に落ちそうぉぉぉっ!!」

 

 

 そこへ奏くんが、腕を組んでやってくる。

 

 「ねね、昨日の“室町幕府=むっちりばくふ”って言い間違い、忘れんなよ?」
 「言い忘れたいぃぃぃ!!!」
 「緊張したら、“むっちり”ってつぶやけ。落ち着く」
 「落ち着かないし、完全に変な子認定されますぅ!!」

 

 

 柊真先輩は、いつも通りクールな顔で
 参考書を無言で差し出してきた。

 

 「このページ、出る」
 「えっ、マジですか!?」
 「勘だけど」
 「信用ゼロぉぉぉ!!」

 

 

 その後ろで、澪くんがそっとメモを置いていく。

 

 “ねねへ。きみの脳内がまっしろになっても、
  きみの存在は誰よりも尊い。”

 

 「尊さに耐えきれなくて吐きそうですぅ……!!」

 

 

 全員がわちゃわちゃと応援してくるなか、
 ふいに背後から名前を呼ばれた。

 

 

 「ねねちゃん」

 

 

 その声だけ、空気の温度が変わる。
 振り返ると、そこに立っていたのは——律先輩。

 

 

 制服のシャツの袖をちょっと折ってて、
 髪が朝日でふわっと光ってて。

 

 あ、ダメだ、きれいすぎて正気で見れない……。

 

 

 「……緊張、してる?」
 「ちょっとだけ……いえ、かなり……むりです……」

 

 

 ぷるぷる震える手を、
 律先輩がそっと包みこんでくれた。

 

 

 「ねねちゃんは、ちゃんと頑張ってた。だから大丈夫」
 「……ほんとですか」
 「うん。だって——僕のほうが、君を信じてるから」

 

 

 もうだめ。
 これ本番より本番じゃん。
 こんな気持ちでテストに向かえって……無理ですぅ……。

 

 

 「……先輩、それ……反則です」
 「じゃあ、“反則な応援”もうひとつだけ」

 

 

 そっと耳元に、やさしい声が落ちる。

 

 

 「……終わったら、ぎゅーしてもいい?」
 「っ、ええええっ!?!?!?!?!?」

 

 

 完全にテスト内容が飛んだ。
 代わりにわたしの脳内には、“ぎゅー”だけがエンドレス再生。

 

 

 「頑張ってね、ねねちゃん」
 「が、がんばります……がんばるけどぉぉ……!!」

 

 

 心の中の絶叫を抱えながら、
 私は教室へと足を進めた。

 

 ——集中できるわけがない。
 “がんばれ”の代償が、甘すぎるんですってば……!!