——もう、だめかもしれない。
笑いすぎて、お腹も、胸も、いっぱいいっぱいだった。
奏くんの“ねねバカ発言コレクション”とか、
陽向先輩の“九九ラップ”とか、
柊真先輩の“強制無言タイム”とか、
澪くんの“静かにツッコむ空気圧”とか……。
どこを見ても、楽しくて、やさしくて、
でもわたしの頭の中はずっとぐるぐるで。
——こんなに優しくされるのって、
嬉しいのに、どうして、ちょっとだけ苦しくなるんだろう。
そんなときだった。
「……ねねちゃん、ちょっと外、出てみる?」
その声が、やさしすぎて、
胸の奥がふわってほどけた気がした。
カフェの裏手。
夜の風が、ひんやりしていて、でも、気持ちよかった。
横には律先輩がいて、
静かな空気が、なんとなく心地よくて。
「……ちょっとだけ、疲れました」
「そっか。がんばってたもんね」
「はい。たぶん、笑い疲れ……です」
「ふふ。じゃあ、僕のせいかも」
律先輩の笑い声が、夜の空気に溶けていく。
その音だけで、なぜか胸がぎゅってなるの、ずるい。
「でもねねちゃん、今日、すごくいい顔してたよ」
「え……」
「全部の笑顔、ぜんぶ見てた。……ずっと」
目が合った瞬間、心臓の音が跳ねた。
音が、大きすぎて、ばれてないか不安になる。
「……わたし、先輩の前だと、うまく呼吸できないです」
冗談みたいに言ったつもりだったのに、
律先輩は、静かに笑いながら、わたしの指先に触れてきた。
「それは、ねねちゃんのせいだよ」
「え……?」
「僕も、ねねちゃんの前だと、
自分の気持ちが抑えられなくなる」
律先輩の手が、指先からふわっと重なって、
冷えてたわたしの手が、あたたかくなる。
「……それって、ずるいです」
「うん。……ねねちゃんには、ずるくなってしまうみたい」
「……先輩」
「……うん?」
「また、触ってもいいですか?」
聞いたあとに、恥ずかしさで目を伏せる。
でも律先輩は、ぎゅっと強くじゃなくて、
“静かに、でも確かに”わたしの手を握ってくれた。
「がんばり屋なねねちゃんも、
天然なねねちゃんも、
勉強できなくて焦ってるねねちゃんも——」
「……全部、僕だけに見せて?」
あ、もう無理。
このまま、溶けそう。
“好き”って言葉、まだ怖いのに、
“この人じゃなきゃだめだ”って気持ちだけが、
どんどん強くなっていく。
この心臓の音、きっともう恋に聞こえてる。
聞かれても、……止めたくないって思ってる。

