次の日の朝。
 教室のドアを開ける瞬間、胸の奥がすこしだけギュッとなった。

 

 昨日、あんなふうに泣いたの、ひさしぶりで。
 ……いや、もしかしたら、はじめてかもしれない。

 

 それでも、今日はちゃんと笑おうって思った。
 “泣いたあと”を、ちゃんと歩ける私になりたいって思った。

 

 

 「おはようございます……っ」

 

 そっと、いつものようにあいさつをした。

 

 でも今日は、少しだけちがった。

 

 「あ……おはよ、ねねちゃん」
 「おはよう!」

 

 ふわっと返ってきた声に、一瞬だけ、動きが止まった。
 あいさつが、ちゃんと返ってきたことが、
 どうしてこんなにびっくりするんだろう。

 

 顔を上げると、前の席の子が、すこしだけ笑っていた。
 まるで、何かが変わったことに、気づいてないふりをするような優しさで。

 

 

 ……なんで?

 

 

 戸惑っていると、
 窓際の席に、見慣れた背中が見えた。

 

 「……澪、くん……」

 

 いつもと変わらないようで、
 でも、たったひとつだけ違うものがあった。

 

 

 澪くんの机の上に置かれていたのは——
 “昨日、図書室で私が読もうとしていた本”。

 

 しかも、ページの間には、しおりがはさんであって、
 それは、私がこっそり作ってポケットにしまっていた手描きのしおりと……おそろいだった。

 

 

 ……どうして、それを。

 

 

 「……澪くん、あのしおり、見てたんだ」

 

 

 きゅっと胸がなった。
 うれしいとか、照れくさいとかじゃない。
 もっと、奥のほう。
 じわっとあたたかくなって、ちょっとだけ、泣きそうになる感じ。

 

 声をかけようか迷っていたとき。
 澪くんが、本から目を上げて、静かに言った。

 

 

 「その席、朝日がきれいに入るんだよ」
 「……え?」

 

 「ねねちゃんが昨日いた席。……気に入ってくれてたみたいだったから」

 

 

 まっすぐでもなくて、
 優しさ全開でもなくて。
 でもたしかに、私のための言葉だった。

 

 

 「……ありがとう、ございます」

 

 

 その声が震えそうになったのを、
 なんとか笑ってごまかした。

 

 

 言葉にしなくても伝わるものがあるって、
 昨日、澪くんが教えてくれたから。

 

 

 私は今日、
 “ひとりじゃない”ってことを、
 ちゃんと信じていい気がしていた。