「……はぁ」

 

 誰もいない図書室の奥、
 いちばん窓際の席に座って、そっとため息をついた。

 

 静かで、涼しくて、
 本の匂いと少し古い木の香りが混ざった空間。
 ここは、昔からずっと落ち着く場所だった。

 

 でも今日は、
 なぜだか本の文字が、まったく頭に入ってこなかった。

 

 

 あの子たちの視線。
 何気ない言葉。
 私の手をすり抜けていった空気。

 

 

 たいしたことじゃない。
 気にしすぎって言われたら、それまでで。

 

 

 ……なのに、
 どうしてこんなに、胸の奥がぎゅっとなるんだろう。

 

 

 ぽつん、と落ちたしずくに気づいて、
 はじめて、自分が泣いてることに気づいた。

 

 

 「……うそ、私……泣いてる」

 

 

 涙なんて、
 誰かのやさしさに触れたときくらいしか、流したことなかったのに。

 

 今日みたいに、ひとりで、しずかに泣くのは、
 なんだか自分じゃないみたいだった。

 

 

 「……さみしい」

 

 

 ぽつんと、心の中に沈んでいた言葉がこぼれた。

 

 どうして、誰かに優しくされたあとって、
 そのぶんだけ、胸が苦しくなるんだろう。

 

 

 “ちゃんと見てるよ”って言われたこと、
 ほんとうは嬉しかった。すごく嬉しかった。

 

 

 だけど、
 その言葉すら、信じていいのか怖くて。
 期待しちゃう自分が、いちばんこわくて。

 

 

 ……だったら、ひとりでいい。
 泣くときくらい、ひとりでいたい。

 

 

 そう思ったはずなのに——

 

 

 「……泣くなら、もう少し静かな席がある」

 

 

 ふいにかけられた声に、身体がびくっと反応する。

 

 ゆっくり顔を上げると、
 澪先輩が、静かに立っていた。

 

 

 「……っ、見られたくなかった……」

 

 「うん。でも、見えた」

 

 

 その声は、
 責めるでもなく、笑うでもなく。
 ただ、そこにいてくれるみたいな、あたたかさだった。

 

 

 澪先輩は、何も言わずに私の隣の椅子を引いて、
 いつものように、隣にすわった。

 

 

 その距離が、なんだか、すごくうれしくて。
 でも、もっと泣きたくなって。

 

 

 「……わたし、何もしてないのに……なんで、責められるんだろう」

 

 

 小さな声でこぼしたその言葉に、
 澪先輩は、静かに本を開いた。

 

 

 「この間、ねねちゃんが返した本、覚えてる?」

 

 「……“星を数える夜に”?」

 

 「うん。俺も読んだよ」
 「え……」

 

 「“言葉にしない寂しさほど、誰かに気づいてほしい”って、書いてあった」
 「……」

 

 「今のねねちゃん、それに似てると思った」

 

 

 ぽろ、ってまた涙がこぼれて、
 袖でそっとぬぐった。

 

 

 「……優しすぎます、澪くん」
 「そうかな」
 「……そうです」

 

 

 「優しいって、気づく人にしか届かないんだよ」

 

 

 その言葉が、静かに胸に響いた。

 

 やっぱり、澪くんってずるい。
 ずるいくらいに、やさしい。

 

 

 だから私、
 きっと今日のことを忘れない。

 

 “誰にも見せたくなかった涙”を、
 そっと受け止めてくれた人のことを——