ラテメモ事件から数時間。
 全男子に囲まれて笑い倒され、心臓が8個くらい爆発した私は、
 放課後、疲れ果ててひとりで帰ろうとしていた。

 

 ……と、そこで。

 

 「うわっ!? 雨、はや!!」

 

 校門を出た瞬間、まさかの大粒。
 傘、ない。終わった。

 

 「今日って、天気予報“晴れ”だったじゃん!?
  ちょっと待って、これは天が私を罰してる!?
  ラテに♡描いた罰!?」

 

 「……はい、予想通りの場所にいた」

 

 声と一緒に、ひとつの傘がスッと差し出された。

 

 「奏くん!?」

 

 「どうせ傘忘れて、ここで足止めされてるだろって思って」

 

 「なんでそんな的確な読みができるんですか……?」

 

 「君の行動、見てたら予測できる」

 

 「やだ!!監視されてた!?!?」

 

 

 コンビニの軒下まで、一緒に小走り。
 誰もいない、小さな屋根の下。
 目の前には水たまり、雨の音。
 なのに、心臓の音のほうがうるさい。

 

 「で、今日の騒ぎ……派手だったね」

 

 「……それを言うの、今ですか……」

 

 「“ラテに♡で奏くん”……ふふ」

 

 「笑ったぁぁああああああ!!!!!!」

 

 「いや、でも……わりと本気でうれしかったよ?」

 

 えっ

 

 えっえっ!?!?
 今、照れもせずに“本気”って言いましたよね!?
 なにその爆撃!?!?しかも超静かにくるやつ!!

 

 

 「でもさ」

 

 奏くんは、少しだけ顔を寄せて、ふわっと笑った。

 

 「俺、ラテっていうより、ブラックコーヒーって言われるほうが多いのに」

 

 「え、いやそれはちょっとわかるかも……」

 

 「じゃあ、その♡、“苦いのに好き”って感じ?」

 

 「えっ やだちがっ 今のは比喩で、深い意味はなくて、いやむしろ浅くて……」

 

 「ふふ。ねねの慌てる顔、……やっぱ好きだな」

 

 ぎゃあああああああああ!!!!!!!!!!
 無理!無理無理むりむりむりむり無理!!(語彙力崩壊)

 

 「ちょっと、ずるいですってば……」

 

 「ん? なにが?」

 

 「そういう、さらっと甘いこと言ってくるとこ!!」

 

 「じゃあ、もっと言おうか?」

 

 「やめてくださいぃぃいいい!!!!(でも聞きたい)」

 

 

 しばらく黙って、並んで立ってた。
 雨音と、コンビニの自動ドアの開閉音だけが、静かに響いてて。

 

 でも、
 ふいに奏くんがポケットからガムを出して、
 「食べる?」って聞いてきたのに、なんか笑ってしまった。

 

 「なに?」

 

 「いや、なんか、“ラテメモの犯人と雨宿りでガムもらってる自分”って、
  いろいろ追いつかないなって思って」

 

 「ふふ。俺は、追いついてきたけどね」

 

 「え……」

 

 「ねねに、ちゃんと“好き”って気持ち。追いついてきた」

 

 

 たぶん、
 今日いちばん、心臓がうるさかったのはこの瞬間。

 

 雨は止みかけてたけど、
 私の顔の温度は、きっとこのまま、晴れる気配がない。