隣の席の室井くん①



「そんな意味があったなんて初耳だぞ」


やなぎんが今更なことを言う。


「あれ~?俺言わなかったっけか~?」

「聞いてない」


イッチーにまでもツッコまれてしまった。


「お前、響きがカッコイーとか言って強制的に決めただろ?」

「まぁまぁ、細かいことはいいじゃん~」


適当に言って笑えば
またメンバーがため息をついて苦笑いする。


「ボーカルの人は?まだ来てないの?」


翔がふ、と時計を見ながら訪ねる。
控え室の中には俺とやなぎん、イッチー、そして翔の4人だ。

未だボーカル不在のまま。


「¨ショウ¨って人がボーカル?」


さっきの紙に書いてあるメンバー表には



Vo.ショウ
Gu.亮介
Ba.柳
Dr.イチ



と書かれている。



「あぁ、まだ来てないみたいだな」


やなぎんが穏やかに笑みを作り、そう答える。



「ふ~ん?」



一向に焦る様子もない俺らを不思議そうに見ながら
翔が声を漏らした時ーーー



ーーーコンコン




「SnakeFoot、そろそろ準備してくださ~い」




ノック音と共に
準備を促す声が控え室に響いた。



「さぁて、野郎共!!そろそろ出番だぜ~!!」



勢いよく立ち上がった俺の声が部屋に響き渡ると


やなぎんとイッチーがそれに倣い、それぞれベースとドラムスティックを手にする。


「じゃあ・・・」

「翔くん」



立ち上がり、ドアに向かおうとする翔を呼び止めると「なに?」と翔が振り返った。



「どこに行くんだい」

「どこって・・・客席」

「ヒャヒャヒャ!!なにを言うか!!ボーカリストが」


笑い声と共に発した言葉に

「は?」


と、翔がぽかんと口を開けた。
俺は、壁に貼られた紙を指差し


「ボーカルんとこ、もっかい読んでみ?」


ニヤリと笑う俺の先で
やなぎんとイッチーもニヤリと笑う。


「ボーカルって・・・だってショウって書いてあるじゃん・・・」

「ノンノンノーン!!」



バンバン!!と紙を手の平で叩く。

翔は意味がわからないとでもいう表情を、前髪の合間から見せる。



「翔くん。君の名前を別読みしてごらん」

「・・・・・・」

「カケルの¨翔¨は、飛翔の¨翔¨でしょーが!!」


ヒャー!!ヒャーッハハ!ヒャー!!


という俺の引き笑い気味な高笑いが楽屋にこだまするかのように響いた。


唖然、とした表情の翔が
ドアの所で硬直する。


「ぎゃはは!!驚いた!!?驚いた!!?なぁ驚いた!!?」

「そりゃ驚くだろ」

「・・・翔、固まってる」


石化した翔を前に
口々に俺らは好き勝手に言う。

どんだけ言っても翔は首を縦には振らねーだろーからこうなったら強行突破作戦だ。


「さ、ショウ!!行くぞ!!」

翔の腕を掴み、部屋を出ようとする俺を


「り、亮介!!」


珍しく、翔が大声を上げて阻止する。



「んだよ~、ここまで来て往生際がわりぃよ~」

「俺、聞いてない!」

「ったりめーだろーがよ!!だって言ったらお前、ライブハウスにすらこねぇだろ~!!」

「当たり前!!」



青白い顔をした翔が
前髪を振り乱して部屋から出るのを拒否する。



「翔」


無理矢理引っ張っていた俺の手を、やなぎんがそっと掴み抑える。


「ゴメンな翔。急すぎだよな」


苦笑いのやなぎんに翔は
眼鏡の奥から睨み上げる。


「バンドはやらないって俺言った」


翔の声は低く真剣なトーンで、それを聞いたやなぎんは少し怯んだかのような表情を見せた。


そんな俺達の後ろから


「翔、お前の歌でやりたい」


イッチーがぽつりと言葉を落とす。
翔が顔をあげ、イッチーを見た。


「お前の後ろでドラム叩きたい」


無口なイッチーの一言が
控え室に響く。


「俺もだよ翔」


それにやなぎんも続く。


「翔の歌聞いた時、俺らお前に絶対ボーカルやってほしいって思ったんだ。こんな形になったのは悪いけどさ、それでもお前にセンターで唄って欲しい」

「・・・・・・」


翔の黒ブチの奥の瞳が
大きく見開かれて、ゆらりと揺れる。


黒い前髪の振動が
翔の動揺を現しているように見えた。


俺は掴んでいた手を離してため息を吐いた。

翔の視線が再び上がる。


「あのよ~、翔。お前一人じゃねんだぞ?」


半分開かれたドアの向こうから、ステージで今行われているライブの音が聞こえてくる。


わー!!パチパチ!!

という、微かな歓声と一緒に。


「お前が、人前に出るの嫌いなのは知ってるけどよ~、お前は今のままでいいわけ?」

「・・・・・・」

「引き込もってたお前が唯一気持ち吐き出せんのがギターだったんだろ?」



今以上に無口だったあの頃のコイツの、唯一の吐き出し先がギターだったように

今度はコイツにマイクを握らせたかった。


唖然、とした表情の翔が
ドアの所で硬直する。