隣の席の室井くん①




ーーそして、ライブ当日の某ライブハウス。


ステージ裏の楽屋という名の小さな一室に
初ライブを控えた俺とやなぎん、イッチー。

ーそして


「・・・有り得ない」


しかめ面の翔。


「なんだよ~!!親友の初ライブだぜ!!?見に来てくれたってい~だろ~!?」

「見に来るのはいいけど・・・普通、初ライブにギター忘れたりしないと思う」



昨日翔の家に上がり込んで防音室でしこたまギターを弾いた俺は、翔の部屋にギターを置いて帰った。


それを翔が嫌々届けてくれて、今に至る。



もちろん、コレも作戦の内。


ニヤリと笑った俺に翔が眉を潜める。


「まぁまぁ、俺らの出番までまだ時間あるし翔もゆっくりしてけよ」


やなぎんが穏やかにそう言うと、翔はため息混じりに渋々パイプ椅子に腰を下ろした。


「ボーカル見つかったんだ?」


長い前髪の間から眼鏡が覗く。ちらりと見える大きな瞳が俺に視線を向けた。


「まぁな~」


翔が届けてくれたピンクのマイギターをケースから取り出し、弦を弾くと

これから始まる初舞台への期待と、心地好い緊張感に包まれる。


「最近、亮介と一緒にきてなかったけど翔は何してたんだ?」


やなぎんの問いに


「なんもしてないよ。本読んだりしてたくらい」


のんびりと翔が答える。


「ぎゃはは!!どんだけモヤシっ子なんだよお前は!!若者らしく青春を謳歌しろよ!!」

「うるさいなぁ」


むっと、口をへの字に曲げる翔は相変わらず白い。


ホント、今にも折れちまいそうなくらいに細いコイツは椅子に座った姿なんか後ろからみたら女子みてぇだ。

そんな翔が楽屋の壁に貼られた一枚の紙に視線を向ける。


「SnakeFoot?」


俺らの出番は3番目。

そこに書いてある文字を小さな声で読み上げる。



「そう。俺らのバンド名」


やなぎんがそれに気付き笑顔で答えた。


翔は不思議そうに頭を傾げ
「蛇の・・・足・・・?」と、再び呟く。


「蛇足(だそく)」


そこで、今日初めて喋ったんじゃっつー勢いのイッチーがぽつりと言った。


「蛇足?」

「ハハ、無駄なものって意味だよ」

やなぎんの通訳が入る。


イッチーの台詞はいちいちやなぎんの通訳が入んねーと伝わらないから面倒くせぇ。


「俺、俺!!俺がつけたんだよ!!」


ギターのシャカシャカという音と共に、俺は椅子に足をかけて立ち上がる。

それを追うようにして翔も顔を上げた。


「今しか出来ねーじゃん?こんなん。いつか大人んなって社会に出て働きバチのよーに働くハメになった時よ~、今やってることって結局無駄なことじゃん?将来コレで食ってける保障なんかねぇし」



バンドだってまだ組んで数週間。

どんな風になってくかなんてわかんねーし
ましてや、将来ミュージシャンになろうぜ!!なんて志でやってるわけでもねぇ。


いつか、大人になって社会に出た時、役に立つわけでもねぇ。


「けどよ~、大人になった時無駄なことかもしんねぇけど、今の俺らには必要なことなんだよな~」



特に、楽器を弾くことくらいしか能がねぇ俺らみたいのには。



なぁ翔。


お前、今のままでいいのか?前髪と分厚い眼鏡で視界を遮ぎりながらじっと俯いたままで楽しいか?
人生、大口開けて笑って過ごした方が楽しいじゃんかよ。


お前も叫べばいいんだよ。思いっきり。


そんな俺の視線に翔の眼鏡の奥の瞳が僅かに揺れる。