「・・・本当にやるの?」
長い前髪の間から黒ブチ眼鏡が見え隠れしている翔はまだそんなことを言ってやがる。
「あったりまえだろー!!そのために俺らあの曲練習したんだからな!!難しくて指絡まるかと思ったんだかんなー!!」
「ならやんなきゃいいのに」
「うるせー!!いいからやるぞ!!」
俺は、その白くてひょろっこい腕を掴み倉庫の中へ
引きずり込む。
「人前で唄うとか無理だよ」
「人なんかいねぇじゃん!!」
「いるし」
そう言うと翔は、俺達をじとっと眼鏡の奥から睨んだ。
「困ったなぁ」
やなぎんがベースを手にしたまま苦笑いする。
すると
「翔」
珍しく、再びイッチーが口を開いた。
低いイッチーの声が倉庫内にこだまする。
翔もイッチーを見る。
「俺たちの前に翔が立つ」
その言葉に俺も翔も首を傾げる。
ってか当たり前じゃん。
普通、ギターとかベースとかはボーカルの後ろで演奏するんじゃん。
「ハハハ」
やなぎんが笑いだした。
それに視線をやれば
「俺らは、翔の後ろで演奏するんだから、翔からは見えないって言いたいんだと思うぞ?」
やなぎんが通訳してくれた。
「つまりな、俺らのことは気にしなくていいってことだよ翔。CDにでも合わせて唄ってると思えばいい」
その言葉に翔は無言のままイッチーに視線を送る。
「・・・わかったよ」
ようやく承諾し、はぁ…とため息混じりにコツコツと足音を響かせて中央に立った翔は
「・・・ガッカリしても知らないからね」
と、鞄を下ろす。
それに顔を見合わせた俺達は、ニヤリと笑い
それぞれ楽器を手に取り直す。
「じゃあ早速始めようぜ!!」
「この前、翔が唄ったヤツでいいよな?」
翔がこくん、と頷く。
「じゃあ、マイナークラウンのpacifismな」
ーーーやなぎんのその言葉のあと、
イッチーのドラムの音がカウントを打つ。
その後は、俺のギターの出番。
ドラムを追うようにして音を奏でる。
ギュルギュルと激しいギターリフが勢いよく広い倉庫内にに響く。
その後ろで、やなぎんのベースの音がそれを支えるようにして歌い出す。
イッチーのドラムの音も
相変わらず正確なリズムを刻みながら、それでいて
複雑なリズムも難無く叩き出していく。
あぁ、やっぱり
コイツらとやんの
超楽しい。
音が共鳴して倉庫内に響き渡る感じがなんとも言えねぇ。鳥肌モンだ。
目の前のヒョロリとした翔の後ろ姿は、
こちらを振り向くことなくただ前だけを見ている。
観客は
動かなくなったサビだらけの古びた機械と
あちこちでチョロチョロはい回る虫たち
それ以外は誰もいない。
ボリューム抑えめのスピーカーから流れ出る楽器の音に負けないくらい高く響き渡った翔の声は
マイクを使っている訳でもないのに
倉庫内に、無色の音を
隅まで届かせる。
鉄骨の建物に反響するように、ビブラートを響かせる。
題名通り、反戦を意味するらしい内容の英詞を
意味がわかってんのか
わかってないのか
力強い声で唄い上げていく。
普段、教科書の英文なんてまるっきしカタカナ読みのくせに、音に乗せた翔の英語は流暢で
コイツ、実は英語ペラペラなんじゃね?
と思わせるくらいだ。
マイナークラウンはギターやベースドラムの音が複雑なだけじゃなくて歌自体も難しい。
低いAメロから入ったと思えば
サビの部分なんかはビックリする程に高けぇ。
それを翔はいとも簡単に
綺麗に伸びやかに歌い上げた。
その後ろ姿を見ながら楽器を弾き鳴らす俺たちは
驚きの表情のあとに
ニンマリと笑い、顔を見合わせた。
翔、思いっきり唄え。
この広い倉庫に
お前の歌を響かせてやれ。
翔の後ろ姿が
大きく息を吸い込んだのが分かった。
次の瞬間ーーー
空気を震わせるような
透き通るような声が
古い寂れた倉庫に
伸びやかに響き渡ったーー
