「なんだよ~なんもなかったのかよ~」
ダメだな~翔~と、椅子をガタガタとさせながら相沢くんが乗り出していた体を戻す。
それを横目で見ながらアタシは、はぁ・・・とわざとらしくため息をついてみた。
・・・何もなかったわけじゃないけど。
そんなん相沢くんに話すわけがない。
うっかり喋ろうもんなら今以上のヒャヒャヒャと、にやけ顔をお見舞いされるに違いない。
「あ、アルバム見せてもらったよ」
「アルバムぅ~?」
相沢くんが口を尖らせながらこちらを振り向く。
「うん、君タチが幼い頃のね」
アタシがそう言うと
「え?」
と、相沢くんがピタリと動きを止めた。
「翔が見せたの?」
「そーだよ」
「へ~え」
そう呟くと、何かを考えるように斜め上を見上げた。
「二人とも可愛かったよ」
「ひゃーひゃっひゃっひゃ!翔と違って俺は今でも可愛いけどね!!」
「ウン、ソーダネ」
「えぇ!!超棒読み!!日吉チャンうける!!超クール!!」
お願い、誰かマジで
殺虫剤ぷりーず。
「翔なんか言ってた?」
「なんかって?」
相沢くんの質問にアタシは頭を傾げる。
「ほら、昔の話とか」
「あ~・・・うん、小さい頃は泣き虫だったとか、昔から人見知りだったとか」
「そんだけ?」
「うん」
ふ~んそっか~と相槌を打つと、相沢くんは再び椅子をガタガタとしながら前後に揺れる。
「ねえ、相沢くん」
「ん~?なんだい日吉チャン」
「室井くんはなんであんな広いマンションに一人で住んでるの?」
ぴたり、と動きを止め
不安定な椅子の角度のまま相沢くんが横目でアタシを見る。
「・・・詳しくは聞いてないけど、なんか複雑なカンジっぽい?」
「ん~そ~だねぇ~」
珍しく苦笑いしながら相沢くんが言葉を濁す。
「マンション見てわかったと思うけど、アイツん家金持ちじゃん?」
「・・・でしょうね」
じゃなきゃ、高校生があんな立派なマンションに住んでないだろうし、ましてや、お手伝い(斎藤さん)なんて付かないでしょうよ。
「父ちゃんいねーけど母ちゃんがエライ稼ぐ人だかんね」
「お母さん・・・」
お母さんのことを¨あの人¨って言った室井くん。
どこか他人行儀な呼び方が気にならなかったわけじゃない。
「ガキん頃からアイツはあんなカンジで目立たないタイプだったけど、なんせあの容姿でしょ~?嫌でも目につくし」
そりゃ、あんなプリチーボーイを周りが放っておくはずあるまい。驚きの可愛さだったよ。
「そのせいで、アイツもイロイロ大変だったのよ」
そこまで言った相沢くんは不安定な体勢を保っていた椅子をガタン、と戻した。
「気になる?」
「そりゃぁ、もちろん」
「聞きたい?」
相沢くんが、鮮やかな金髪を揺らしながら横目でチラリとアタシを見た。
「・・・んー・・・いやいい」
ふぅ、と息を吐き
アタシは開いていた数学の教科書をパタンと閉じた。
「い~の?」
「うん」
室井くんのことを思い出したら、課題どころじゃなくなってしまったよ。
これはもう家でやろう、と課題取り組みを諦める方向にしてみる。
「そりゃ気になるけどさ、そういうのって他の人から聞くのは違う気がするし」
次の電車までまだ大分時間がある。
どうやって時間を稼ごうか。
「室井くんが話したいって思った時でいいや」
アタシは両手で頬杖をつき時計を見上げる。
そのまま視線を相沢くんに向けると、ニッコリ笑った相沢くんと視線が合った。
「・・・なに?」
「いやいや、日吉チャンって中々イイ子だなと思って」
「・・・アタシはいつでも良い子ですよ」
「ギャハハハハ!!」
何故そこで笑うのか。
