「・・・・・・」
「あれ?日吉さん?」
黙りこくってしまったアタシに気付いた室井くんは
ソファーから少し身を浮かせアタシを覗き込む。
「ごめん、立ち入った話聞いちゃった」
苦笑いに返すアタシに
へにゃりと笑った室井くんは
「いいよ別に、気にしたことないもん」
と、本当になんにもなさそうな調子で答える。
下から覗き込むような体勢だった室井くんは、そのまま体を反転させてゴロンと寝転ぶ。
「む、むむむ、室井くん!!」
こ・・・これは、この体勢は!!
俗にいう
膝枕 というヤツなのでは!!!!
あわあわとなるアタシを気にすることなく
「あはは、日吉さんまた真っ赤だ」
と、アタシの膝に頭を預けた室井くんは下から見上げるようにして呑気に笑っている。
「ちちち、ちょっと・・・!」
「俺ね、父親知らないの」
開いていたた口が、ピタリと閉じる。
アタシは、膝の上の室井くんを見下ろした。
見上げる形の室井くんと視線が合う。
へへへ、と笑う室井くんはいつものトーンでゆっくりと口を開く。
「なんか物心ついた時からいないから、父親ってよくわかんない」
「・・・兄弟とかは?」
「俺、一人っ子」
室井くんは、眠そうに
うつらうつらと目をしばたかせる。
「お母さんは?」
「母親はね~仕事だったりでほとんど家にいた記憶ないかな」
え?
じゃあ、室井くんは
いつも一人だったのかな・・・
そんなアタシの心を読んだように
「そんな顔しないでよ日吉さん」
と穏やかに笑う。
「だって寂しいでしょ?」
アタシの問いに
「ん~」
と考えるような仕草を見せ
「ちっちゃい頃はそうだったかもしれないけど、斎藤さんがいつもいたから」
「斎藤さん?」
「うん、お手伝いさんの斎藤さん」
「おてっ、お手伝いさん!!?」
目を丸くするアタシを不思議そうに見上げながら
「うん?」
と答える室井くんは
やっぱりきっとズレている。
お手伝いさんって・・・
お手伝いさんってアレでしょう?
よくお金持ちのお家にいる人でしょ?
「む・・・室井くん家って・・・お金持ち?」
恐る恐る聞くと
「ん~・・・無駄に税金払わされるだけでなんの得もないのにね」
と、肯定なんだかなんなんだかわからない返事をした。
なんか、どうやら
室井くんのご家庭は複雑な事情があるみたいだ。
アタシなんかが簡単に踏み込んでいい話題なんだろうか。
「それに、今は日吉さんがいるし」
「え?」
ぐるぐると考えだしていた思考が一気に停止して
アタシは膝の上の室井くんに視線を落とす。
「だから寂しくないよ?」
そう言った室井くんは
そのまま目を閉じた。
・・・毎度毎度のことながらなんて爆弾発言をサラリと落とすんだろうか。
数秒もしないうちにアタシの膝を枕にした室井くんは寝息を立てはじめた。
恐らく真っ赤であろうアタシなんか放置だ。
放置プレーだ。
色白の室井くんの閉じた瞳の下に、長い睫毛が影を作る。
・・・本当に
なんて綺麗な人間なんだ。
前髪が全開になったおでこは綺麗な形をしていて
本当に神様は不公平だと思わざる得ない端正なパーツを揃えてやがる。
「・・・くそぅ」
なんとなく悔しい気持ちになり、その綺麗な顔に乗せられた黒ブチの眼鏡に手をかける。
そっと外したその手を
ガシッと白い手が掴んだ。
驚いて目を見開くアタシを
うっすらと目を開けた室井くんが見上げ
「忘れてた」
と、小さく呟くと
フッと体を浮かせて
ちゅ、と小さなリップ音を立てて唇を重ねーーー
「おやすみ」
と、再びコテンと頭を戻し目を閉じた。
「~~~っっっ!!!!!!」
ふ、ふ、ふいうち!!
なんでこの人はいつもこうふいうちなんだろうか!!
真っ赤な顔を右手で押さえる。
左手には、室井くんの黒ブチ眼鏡。
膝の上の室井くんは
そのままスースーと綺麗な寝顔を惜し気もなく見せつけながら寝息を立てる。
・・・・・・・・・こうして
どきどき初の
彼氏お宅訪問は
真っ赤なアタシの尋常じゃない心拍数と
そのままたっぷり1時間膝枕させられ痺れた足。
そして、
室井くんの事情に少し触れ戸惑う気持ちを残したまま
終幕を迎えたのだった。
