隣の席の室井くん①



それをクスクス笑いながらやなぎんは
「日吉さんがいると、ショウのヤツ歌い方が変わるんだよ」と耳打ちする。


「え?」

それに頭を傾げると

「いつもの倍は、色っぽくなる」

ホントわかりやすいよなと、再び笑った。

「日吉さんの話がアイツからでるようになった頃からだったけど、今日なんて更に凄かったと思わない?」

確かに、歌いながらもコチラに送ってくる流し目(視界がぼやけるかららしいけど)も加わり一段と素敵だったよ。


それがアタシのせい?そんなまさか。
でも、それが事実ならなんか嬉しいような、恥ずかしいような


ーーグイ、と、ふいに横から腕を引っ張られその方を見ると

「近付いちゃダメ」

と、キタローバージョンの室井くんが眼鏡越しにやなぎんを睨む。

それに目を丸くしながらも

「ハイハイ」

と言いながら両手を挙げたやなぎんは
ね、わかりやすいだろ?とクスクス笑った。

アタシを隠すように後ろ手に立ちはだかった室井くんの陰からそれを見て、アタシは更に顔を赤くする。


「んじゃ、また明日学校でな~!!」


相変わらずの笑い声を発しながら手を振る相沢くんと
「もう!アンタ五月蝿い!!」と叫ぶさっちゃんを見送り

「またおいでね」と、最後までジェントルマンの髭面やなぎんと


「じゃ」

今日数える位しか口を開いていないイッチーに挨拶をして、アタシと室井くんは並んで帰路についた。



湿気を含んだような生温い風が頬を撫でる。
昼間の暑さをまだ全然引きずっているような熱が、大気を包む帰り道。傾いた陽がアタシと室井くんの並んだ影を、長く伸ばしコンクリートに映し出す。


「今日ごめんね、退屈だったでしょ?」


室井くんがふと、そんな事を口にする。


「いやいや!楽しかった!!ホント、楽しかったよ!!」


アタシは手を振りながら前のめりになって否定した。


「近くで室井くんが歌ってるの見れたし!!学校じゃ見れない室井くんも見れたし!!」


まるで別人を見ているようでしたが。


「そっか、ならよかった」


と、眼鏡越しに室井くんがニコニコ笑う。
長い前髪が、その大半を隠してしまう。
・・・でもコレくらいで調子いいのかもしれない。
なんせ、彼の素顔はすこぶる心臓に悪い。爆死する。


「あ」


短く呟いたかと思ったら、隣を歩いていた室井くんが視界から消えた。


振り返ると、低い塀から覗く、家の庭を見つめて立ち止まっている。


「日吉さん、見て、向日葵」


ニッコリと笑いながら指をさす方向には、
黄色い向日葵。


「あ、ほんとだ」


アタシも思わず、立ち止まる。