隣の席の室井くん①





『もしもし?日吉さん?』


耳に押し当てた携帯から、室井くんのゆったりとしたテンポの声がダイレクトに響く。


室井くんの声は電話を通して聞くといつもよりも少し低く聞こえる。滅多に室井くんと電話をしないのもあって、今だ慣れないのだけれども。


「も、もしもし。日吉です」


ようやく振り絞って出した言葉は、今更びっくりの自己紹介で、

そんなアタシに



『あ、えと、室井です』



何故か、まさかの自己紹介被せをしてくる室井くん。




いや。
わかってますよ。


室井くん、て表示されてましたよちゃんと。




数分前、YourTubeの動画で唄っていた人物と同じ人物とはやっぱり思えない。



いや、悪い意味じゃなくて


さっきまで、なんだか室井くんが物凄く遠い人のような気がしてしまっていたからか


電話越しに聞く、相変わらずマイペースのいつも通りの室井くんに、なんだか安心してしまう。



クスクス笑うアタシに気付いた室井くんは


『なんで笑うの』


と、電話越しに同じくクスクス笑う。



「いやいや、なんでもないよ」

『なんでもないの?』


電話の向こうで、室井くんが頭を傾げているのが想像出来て、アタシは更に笑みを浮かべた。




「うん、なんでもない」

『ふぅん?』




よかった。室井くんだ。
いつもの、のほほん室井くんだ。


いや、当たり前だけど。
数時間で変わったりしないだろうけど。


アタシはミシンの上に放置したままの布を手で触りながら、携帯を持ち直す。



「室井くんこそどうしたの?珍しいね、電話とか」



そう。
室井くんが電話をかけてくるなんて珍しい。


付き合うことになってまだ2ヶ月足らずだけど
今まで室井くんと電話で話したのなんて数えられる程度。


アタシの言葉に



『ん~、なんとなく』



と室井くんは答えた。



「なんとなく?」

『そう、なんとなく』



室井くんの行動は今だに読めない。


不思議に思いながらも
室井くんが電話をかけてきてくれたのが嬉しいことには変わりない。



『なんとなく、日吉さんの声が聞きたくて』



低く甘い声が
突如、アタシの鼓膜を震わせる。



室井くんの声は、時折犯罪レベルに達すると思う。
別にアタシは声フェチってわけじゃないが、室井くんの声には弱い。

アタシが室井くんの発する声にいちいち反応してしまうのを、彼は分かっているのかいないのか


時折、確信犯なんじゃというトーンの声を出す。



「そそそ、そんなこと言わないでください!!」

『なんで?』



なんでって・・・!!


ただでさえ、さっきの兄貴の言葉と動画サイトのせいで幾分か気分低迷中だったのに


こんな素敵タイミングで電話をかけてきて
その上、そんなこと言われたらーーー



「会いたくなるじゃないですか・・・」




ぽつり、と呟いた言葉がまるで宙に浮かんで、
そのままアタシのモヤモヤを象るように浮遊しているような気がした。



『・・・日吉さん』

「はい」

『そんなこと言っちゃだめ』

「・・・はい?」



今度は室井くんが、低いトーンで電話越しに呟いた。


あれ、アタシなんかマズいこと言いましたかね。

いや、確かになんかモヤモヤしたものに飲み込まれそうになりかけていましたけども

電話越しに室井くんにそれが伝わってしまったのだろうか、とハラハラしてしまう。


アワアワと更に不安になりかけたアタシに



『そんなこと言われたら、会いに行きたくなっちゃうでしょう?』



室井くんが、そう言った。