隣の席の室井くん①




「アタシ、なんにもしてないよ?」

「ううん」



室井くんがゆっくりと頭を横に振る。



「日吉さんがね、前に言ってくれたでしょ。こんな俺を好きだって」

「・・・」

「髪の毛ボサボサで、暗くて冴えなくて、すんごい格好悪い俺を¨好きだ¨って言ってくれたでしょう?あれ、すごく嬉しかったんだ」


眼鏡越しに、室井くんがにっこりと微笑む。



「そしたらね、不思議だけど歌うのも前より少し好きになったの。普段の俺も、歌ってる俺も、どっちも俺だしって少し開き直れるようになったのかなぁ」



普段あまり喋らない室井くんが、珍しく沢山の言葉を紡ぐ。


それに、アタシは黙って耳を傾ける。



「だから、ありがとう」

「・・・そんな、」



室井くんがニコニコとテーブル越しにアタシを見つめるから、それ以上に言葉が出て来なかった。


蒸し暑い狭い部屋に、アタシと室井くんの二人きり。


あぁ・・・昨日タイミングよく掃除しといてよかった。
なんて、思ってみる。

だってねいつもの惨状は見せられたもんじゃない。
…昨日「いい加減掃除くらいしなさい!!」と怒鳴ってくれた母さんに感謝。


・・・じゃなくて。


面と向かってそんなこと言われると、なんだか恥ずかしくてさ。


それに、室井くんがそんなこと考えてたなんてアタシ全然知らなかった。


当たり前だけど、アタシの知らない室井くんがきっとまだ沢山いるんだろうな。


そういうの、少しずつでも知っていけたらいいな。


そしたらもっともっと、室井くんの役に立てるかな。


アタシの存在が
室井くんにとってプラスになったりするのかな。



テレビもなにもない部屋はただただ蒸し暑いばっかりで、アタシと室井くんはそれ以上何を話すわけでもなくテーブルを挟んで向かい合って座る。


ただでさえ、前髪ないバージョンの室井くんと対峙してる段階で緊張するのに、無言になると少しずつ
緊張が増してくる。



少しだけ、室井くんのことを知れたと言っても
目と目だけで会話できるとか、無言で意志疎通できるほどアタシたちは熟練カップルじゃない。


そんな空気を変えるように


「日吉さん家いいなぁ」


ふと、室井くんが口を開いた。


「へ?なんで?」


急な室井くんの発言に思わず聞き返す。


ふふふ、と笑ったあと室井くんは


「どこにいても日吉さんの匂いがするから、緊張はするけど、なんか安心する」


例によって例の如く、ぺろりと恥ずかしげもなく赤面ワードを口にした。


それにまた例によって例の如く
カカカ、とアタシの顔は赤くなる。