シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

「すみません、こちら空いてますか?」

柔らかく声をかけてきたのは、
髪に白が混じる年配の女性だった。

舞香は立ち上がり、にこやかに答える。

「どうぞ。お荷物、お持ちしましょうか?」

「ありがとう、大丈夫。少し休ませてもらうわね」

ゆっくり腰を下ろしたその女性は、カフェブースの香りにふっと目を細めた。

「……いい匂いねぇ。こういうの、避難所ではなかなか無理だったわ」

「……避難されたことがあるんですか?」

「うん。あの地震のとき、体育館にいたのよ。
いろいろ持ち出せる余裕もなくて、寒くて……心までカチコチになってた」

舞香は、そっとコーヒーを差し出す。

「よかったら……どうぞ」

女性はうなずき、カップを手に取る。

「――ね、不思議なの。
この香りって、“心が戻ってくる感覚”をくれるのよ。
なんていうか……“人として扱われてる”って思える」

静かな言葉が、舞香の胸に響いた。

「避難所にいると、自分が“命だけになってる”みたいな気持ちになるの。
でもね、こういう何気ない匂いや温かさで、“ああ、まだ私って人間なんだ”って思い出せるのよ」

舞香は、ただ深く、うなずいた。

言葉よりも、
その目の奥に宿るものが――すべてを物語っていた。