シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

「……こういうのってさ、本当に役に立つのかな」

展示の前で立ち止まった女性が、小さくつぶやいた。
年の頃は舞香と同じくらい。
落ち着いた格好に、手には案内リーフレット。

「おしゃれな雰囲気だし、きれいに整ってる。
でも実際、避難所って、こんな風にいく?」

その声に、舞香は一瞬、胸の奥がきゅっとなるのを感じた。

(……それは、きっと正直な疑問)

「災害って、現実はもっとぐちゃぐちゃだよね。
こういう展示って、綺麗ごとにならない?」

批判ではない。
けれど、そう言われると――どこか心の芯が揺らいだ。

(私たちが、やっていることって……)

けれど、
舞香は顔を上げて、そっと口を開いた。

「……たしかに、私も最初は、同じように思ってました」

女性が顔を向ける。

「非常食や避難経路みたいな“本当に必要なもの”に比べたら、
心を落ち着ける時間って、後回しにされがちで。
だからこそ――それがないと、持たない人もいるんじゃないかって思うようになったんです」

言いながら、自分の手のひらを見た。
火災のときに、自分が感じた恐怖。
病院のベッドで思った“普通の時間”への憧れ。

「実際に避難された方から、
“あのとき、何でもないココアの匂いに救われた”って話を聞いて。
そのとき初めて、“心の備え”も必要だって思いました」

女性は黙ってそれを聞いていた。
そして、カップに手を伸ばす。

「……ありがとう。飲んでみる。
なんか、ちょっと今、余裕ないから」

「……ごゆっくりどうぞ」

舞香は、深く頭を下げた。

正しさじゃなくて、
誰かの言葉に、ちゃんと向き合うこと。

それが――今日の、いちばんの目標だった。