シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

食事を終えて、店の外へ出ると、
春の夜風がそっと頬を撫でていった。

駅までの道は、歩いてほんの数分。
けれど、その距離が、いつもよりずっと愛おしく感じられた。

「今日は、誘ってくれてありがとうございます」

「こちらこそ。来てくれて、嬉しかったです」

ふたりの足取りは自然にそろい、
交わす言葉は少なくなっても、沈黙はどこまでも心地よかった。

交差点の手前で、舞香が小さく息をつく。

「……不思議ですね。
特別なことは何もしてないのに、
今日はずっと、安心してました」

「それは、たぶん……お互いそうだから、じゃないですか」

その返しに、舞香は微笑む。

手を伸ばせば、届く距離。
けれど、ふたりの手はまだ、触れていない。

焦らない。
でも、次はきっと――触れられるとわかっていた。

「また、ごはん……行きませんか?」

「ぜひ。今度は、俺から誘います」

まっすぐに返されたその言葉に、
舞香の心は静かに弾んだ。

ふたりの影が、夜の灯りに並んで伸びていく。
そこには、もう“遠慮”という名の距離はなかった。