「……舞香さん」
ふと、寝入りばなの耳に届いた声に、舞香の意識が小さく波立った。
朝比奈の声。
でも、“高島さん”ではなかった。
ちゃんと、名前で――「舞香」と。
眠りに落ちる寸前。
でもその一言だけが、鮮やかに胸の奥で響いていた。
どこかくすぐったくて、
どこかあたたかくて、
なのに、どうしてだろう――ちょっとだけ、涙がこぼれそうだった。
名前を呼ばれるって、こんなにも“存在”を認められることなんだろうか。
静かに目を閉じたまま、舞香はその響きを心に刻んだ。
そのころ、朝比奈はソファの背にもたれ、部屋の空気に耳を澄ませていた。
「……ごめん、名前で呼ぶなんて。
でも……もう“高島さん”じゃ遠すぎるって、思ったんだ」
彼の声はかすかすぎて、誰にも届かない。
けれど、その声色には、確かに――決意の温度があった。
“この気持ちを、隠してばかりではいられない”
そう思ったとき、彼の中で何かがそっと動き出していた。



