「……いらっしゃいませ」
いつもの時間、いつものカウンター。
けれど、舞香の声にはほんの少しだけ、緊張がにじんでいた。
「こんにちは。……また、来ちゃいました」
朝比奈が静かに頭を下げる。
スーツではなく、今日は私服――落ち着いたネイビーのシャツと黒のパンツ。
消防署の制服姿と違って、どこか“個人”としての朝比奈を強く感じさせた。
「昨日は、本当にありがとうございました。
たくさん助けてもらって……頼りっぱなしで、すみません」
「いえ。むしろ……頼ってもらえるのは、うれしいです」
言ったあとで、朝比奈が少しだけ視線を外す。
その仕草に、舞香の胸の奥がふわりと温かくなった。
「舞香さんが、“自分で立って伝えてた”のがすごく印象的でした。
……俺、見てて誇らしかったです」
その言葉に、舞香は目を見開く。
“誇らしい”――そう言われたのは、初めてかもしれなかった。
「……ありがとうございます。
でも、私だけじゃなくて、香奈衣さんや、周りのみんながいてくれたから」
「久瀬の連中も、そうです。
うちの署は……なんていうか、みんなが家族みたいなもんで。
副所長が、そういう空気作ってくれてるんです」
「……いいですね。そういうの」
ふたりの間に、やわらかい沈黙が流れた。
お客さんの出入りする、日常のカフェの一角で。
でも、このときだけは、時間がほんの少しゆっくり流れていた。



