「地域防災フェアの広報?……俺が?」
署内の会議室で、副所長からの指示に朝比奈はわずかに眉をひそめた。
「広報資料の説明と、簡単なブース案内。あとは子ども向けの防災クイズだな」
「俺、ああいうの……向いてませんよ」
「知ってる。でも、住民からの評価は高い。
現場で話せるお前みたいなのが前に出るのが、一番伝わる」
押しつけがましくもなく、でも拒否できない副所長の言い方に、朝比奈は小さくうなずいた。
「わかりました。……やります」
資料を受け取りながら、何気なく目を走らせたとき――
“出店協力:Cafe Lierre(カフェ・リエール)”の文字が目に入った。
舞香の店だ。
その名前を見た瞬間、胸のどこかにさざ波が立った。
“また会う理由”が、できた。
そう思った自分に、少し驚いた。
職務だから。
市民として接するだけ。
そう言い聞かせても、
その名前の響きが、やけにやわらかく残っていた。



