シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

その日も、午後のゆるやかな時間帯だった。

カラン――

扉のベルが鳴った瞬間、舞香の手元がわずかに止まる。
視線を上げた先に、やっぱりいた。
グレーのジャケット。まっすぐな姿勢。
そして、こちらに気づいて、静かに頭を下げる朝比奈の姿が。

「いらっしゃいませ」

言い慣れたその一言が、今日は少しだけ、胸の奥を震わせた。

カウンターに着くと、朝比奈は照れたように小さく言った。

「……こんにちは。えっと、今日は偶然じゃなくて、来ました」

舞香は一瞬ぽかんとし、そして笑ってしまう。

「そうですか。ありがとうございます。
じゃあ、もう“習慣”ですね」

「ですね。……習慣に、なりそうです」

どちらからともなく交わされる言葉は、すでにやさしいリズムを持っていた。

そのあと、ふとカウンターの横に貼られたチラシに朝比奈の視線が止まる。

「……“地域防災フェア”?」

「はい。来月の連休に、近くの公園であるみたいで。
うちのカフェも、ちょっとだけブース出すことになってて……」

「へえ。じゃあ、また現場で会うかもしれませんね」

その言葉に、舞香の胸がそっと跳ねた。

“また現場で”――
でも今回は、火事じゃなくて。
もっと穏やかで、やさしい交差になりますように。