シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

翌朝、カフェの扉を開けると、香奈衣がすでに厨房に立っていた。

「おはよう、……って、顔色ちょっと悪い?」

「……昨日、ちょっと夜道で苦しくなって。
でも、偶然、朝比奈さんが通りかかって……助けてもらって」

「偶然、ねえ」

香奈衣はドリップを止めずに、ゆるく笑った。

「ほんとに“偶然”かな。
あの人、あなたのこと、けっこう気にしてると思うけど」

「そんな……」

否定しかけて、言葉が詰まった。
昨夜の彼の声、手の温度、穏やかな目。
そのすべてが、胸の奥にやさしく残っている。

「それにさ、あなたの方も――」

「……私の方も?」

香奈衣は振り返りもせず、ポットに湯を注ぎながらさらりと言った。

「“舞香”って名前で、呼ばれてうれしかったんでしょ?」

そのひと言が、ずん、と胸の中心に落ちた。

呼ばれたときの、心臓の音。
今でも、思い出せる。

「……はい、ちょっとだけ」

素直にそう言えた自分に、舞香は少しだけ驚いていた。