シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

月明かりに照らされた舞香は薄いメイクだけをして、玄関でそわそわと立っていた。
電気はまだ戻らず、部屋にはまだ冷たい空気が残っていたけれど、胸の奥はほんのりと温かかった。

チャイムの音が鳴る。

扉を開けると、そこに立っていたのは――

消防のTシャツに私服のカーゴパンツ、パーカーを羽織り、
少し疲れた顔の中にやさしい目をたたえた、朝比奈海斗だった。

「……ただいま」

その低い声を聞いただけで、
舞香は目頭が熱くなる。

「……おかえりなさい」

舞香がそう言った瞬間、海斗はゆっくりと手を伸ばし、
彼女の細い肩を抱きしめた。

その胸に顔を預けると、うっすらと煙と汗が混じった彼の匂いがした。
それは不思議と嫌じゃなかった。
誰かを守るために動いた人の証が、こんなにも愛おしく思えるなんて――

「……怖かったか?」

彼の問いかけに、舞香は小さく頷いた。

「でも、信じてたから……だから、いま、こうしてくれて……嬉しい」

「うん。俺も……無事な顔見れて、ほっとした」

ほんのしばらく、そのまま動かずに抱きしめ合ったふたり。

ようやく舞香が顔を上げると、涙の痕が残っていた。

「……電気、まだ戻らないけど……入って。ずっといてほしい」

「もちろん。今日は、離れない」

玄関を閉め、ふたりは再び静けさの中に戻っていった。
停電のなか光がない部屋でも――
確かなぬくもりが、そこにはあった。