シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

午後2時を回った頃、
カフェリエールの店内には、突然の暗闇が訪れた。

――ドォン!

雷が落ちた直後、照明とBGMが一斉に途絶え、
店内の空気が一瞬で張り詰める。

「……停電?」

舞香が驚いたように呟き、
香奈衣がすぐに厨房のブレーカーと非常灯の確認に走る。

「……ダメね。建物全体、落ちてるみたい」

お客たちがざわつき始めるなか、
舞香はすぐにホール中央に出て、深く息を吸い込んだ。

「皆さん、驚かれたと思いますが、安全は確保されています。
どうか、席を離れず、落ち着いてください」

その声に、お客たちが静まり返る。
ちょうどそのとき、常連のご年配の女性がぽつりと呟いた。

「……昔ね、この辺り、一度水浸しになったのよ。
あの川がね、大雨で溢れて……膝まで来たの。
40年くらい前だったかしら。忘れられないわよ」

「えっ……」

香奈衣と舞香が同時に彼女を見る。

「この地形は低いの。大雨が降ると、水が一気に流れ込んでくるのよ」

香奈衣が急いでスマートフォンを確認する。
画面には“氾濫危険水位到達”の赤い文字が。

「舞香……川、超えてる。氾濫一歩手前」

「……今すぐ避難の準備をした方がいいかもしれません」

香奈衣は頷き、落ち着いた声で指示を出す。

「この建物には2階と3階がある。今の時点では外に出るより上に逃げた方が安全。
舞香、非常用バッグと懐中電灯、持ち出し袋の確認お願い」

「はい」

香奈衣は店の奥にある物資置き場へ走りながら、
お客たちへ呼びかける。

「皆さん、申し訳ありませんが、店内2階へ一時避難をお願いします。
ゆっくりで構いません。荷物も忘れずにお持ちください」

外では雷がとどまることなく落ち続け、
雨音がまるで滝のように響いている。

舞香は、少しだけ手のひらを震わせながら、
カウンター裏から小さな救急バッグを取り出した。

(――まさか、本当にこんなことが起きるなんて)

でも、動けている。
こうして人を導けている。

それが、自分がここにいる意味なんだと――
そんな思いが、胸をじんと熱くさせていた。