シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

幕張メッセ・競技会場 第4ブース――久瀬消防署チーム

カウントダウンが終わり、訓練再現競技が開始された。

朝比奈海斗、池野翔太、檜山卓也の三名は、連携よくブースの“倒壊家屋再現エリア”に駆け込み、
崩れた梁と資材に囲まれたスペースで仰向けに倒れている傷病者役に素早く接触した。

「救急隊の檜山です、わかりますか?」

檜山が呼びかけると、傷病者役がかすれた声で応えた。

「……聞こえる、けど……脚が……痺れてる……」

檜山が患者の意識確認を行いながら、朝比奈がブース全体を見渡し、
池野が傷病者のバイタルサインを確認していく。

「会話応答あり。両下肢圧迫あり、冷感強、痛みと痺れを訴えています。
圧迫から2時間以上経過しており、クラッシュ症候群進行の可能性が高いと判断」

「橈骨で速く微弱にふれる。BP 94/62、HR 112、SpO2 95%。皮膚蒼白、冷汗強し」

「了解。特定行為、輸液実施の適応ありと判断。医師連絡に移る」

朝比奈は訓練用端末を手に取り、審査席に控える“医師役”に向かって報告を始めた。

「こちら久瀬消防。倒壊家屋下敷きの患者、両下肢圧迫2時間以上。
意識レベルJCS1、会話あり。バイタルは――BP94/62、HR112、SpO2 95%、橈骨脈で速く微弱にふれる。
皮膚冷感、発汗著明。クラッシュ症候群進行を疑い、輸液対応が適応と判断しました。
予防的輸液の許可をお願いします」

【医師役】
「了解、輸液の種類と時間は?」

「乳酸リンゲル1000ml、投与時間30分で、解除に備えます」

【医師役】
「了解。実施を許可する」

朝比奈は手袋の甲にマジックで記入。
「S 14:04:30」「G 14:34:30」

「池野、ルート確保。患者に声をかけて」

「了解。――田中さん、今から点滴入りますからね。少し“ちくっ”としますよ。」

池野が穿刺に移り、針が皮膚を貫く。

「腕や手のひらに痺れや電気が走る感じはありますか?」

「……ない、大丈夫……冷たいだけ」

「問題ありません、順調ですよ」

点滴が始まり、朝比奈が再確認する。

「滴下確認、輸液開始14時 04分30秒。AED装着に移行、CPAに備えて」

「AED貼付完了、導通良好。通電、待機状態に移行」

朝比奈は患者の肩に手を添え、やさしく話しかける。

「大丈夫ですからね。今は体を守るための処置をしています。点滴で体の水分を増やして、できるだけ安全にここから出していきます。
胸が苦しくなったり、ぼんやりしたらすぐ言ってください。今のところ意識ははっきりしてますか?」

「……はい……少し……眠いけど……」

「わかりました。寒くはありませんか?ずっとそばにいますから安心してくださいね。」

時が経過し――輸液開始から約30分後。

朝比奈が手袋のメモを確認。

「現在 14時34分20秒。輸液完了時間に到達した、圧迫解除に移行する」

「モニター波形確認。檜山、搬出ルート確認して、体幹保持に移れ。」

「準備完了、搬出マット展開済み。解除可能です。」

「圧迫解除、1、2、3――!」

慎重に瓦礫を除去。
直後、患者役が息を詰まらせるように呻く。

【状態変化通達:CPA(心停止)発生、心電図波形はPEA】

「CPA確認、頸動脈で振れない。 AED作動、解析中――PEA!」

「胸骨圧迫開始、2分ずつ池野と交代で!」

「AED保持継続、アドレナリン使用せず。SpO2 91%、BP測定不能」

胸骨圧迫、換気、モニター確認が正確に繰り返される。

数十秒後――

「QRS波出現! 心拍再開! 頸動脈でふれる、ROSC確認!」

「意識JCS2、SpO2 92%、BP 102/64。搬送準備、都立救命救急センターへ要請します」

「AED、点滴ライン、モニター装着維持で搬出します」

搬出直前、朝比奈が再び医師役に向かって報告する。

「搬出時CPAが発生しましたが、CPR実施で心拍再開しました。現在全身観察を続けながら、搬送中です。
高カリウム血症遅発リスク、CPA再発可能性、呼吸不全、ショック状態に留意。
AEDは継続作動、輸液は安定滴下中、搬送先に状況を口頭報告します。」

【医師役】
「心肺停止継続時間は?」

朝比奈は一瞬動きを止め、他の二人に目配せすると、

「3分50秒です」
と池野が朝比奈に耳打ちする。

「3分50秒でした。」

【医師役】
「わかりました。記録します。」

――30分タイマーが鳴り響く。

朝比奈たちは整列し、競技終了を静かに迎えた。
全力を出し切った証が、チームの呼吸と視線に確かにあった。