シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

カフェリエールの扉が静かに開くと、
仕事を終えた朝比奈海斗が落ち着いた足取りで店内へと入ってきた。

訓練用のグレーの消防Tシャツに、私服のスラックスという姿。
どこか日常のゆるさを漂わせながらも、姿勢は変わらず真っ直ぐだった。

カウンターの中で動いていた香奈衣が顔を上げると、
彼は歩み寄り、深く頭を下げた。

「遅くなりました。舞香のことでご迷惑をおかけして……本当にありがとうございます」

香奈衣はその丁寧な態度に苦笑しながら手を振った。

「いいのよ。むしろ、舞香が“平気だから”なんて無理しようとするの、そっちが困ってないか心配だったくらい」

それに続いて、春輝も少し気遣うように言葉を添える。

「香奈衣さんが強制的に休ませてくれなかったら、戻って働こうとしてましたから。
迎えに来てもらって正解ですよ」

海斗はその言葉に、わずかに眉を寄せたが、
すぐに優しい笑みに変えて頷いた。

「……ありがとうございます。二人が気づいてくれて、助かりました」

そう言って視線を奥のバックヤードへと向ける。

「舞香、奥ですね?」

「ええ、ソファで休ませてるわ。まだ咳してたけど、落ち着いてはいる」

香奈衣の言葉に頷くと、海斗はカウンターを回り、
静かにバックヤードの扉を開けた。

ソファに腰かけ、肩でゆっくりと呼吸をしている舞香の姿がそこにあった。
時折、喉の奥で咳をこぼすその背中が、少し小さく見えた。

「舞香」

その名前を呼ぶ、低く穏やかな声。
彼女が驚いたように振り返るより早く、
海斗はそっとその背中に手を添えた。

大きくてあたたかな掌が、優しく肩甲骨のあたりを包み込む。

「……無理、したな」

「……ちょっとだけ。ごめんなさい」

「謝ることじゃない。でも、つらいときは、遠慮なく甘えてくれ。
俺が迎えに来るの、理由なんていらないんだから」

静かに、けれどしっかりとしたその言葉に、
舞香の目がまた少し潤んだ。

海斗の掌は、その背中を通して、
言葉以上の安心を――確かに伝えていた。