シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある

ランチタイムがひと段落し、店内の喧騒がゆるやかに引いていくなか、
香奈衣がカウンター奥で丁寧にコーヒーを淹れ、
いつもと少し違う優しい手つきでマグカップを春輝の前へ置いた。

「ほら、ブラック。いつもよりフルーティーな豆を使ったの」

「……ありがとうございます。今日のは、なんだか特別感ありますね」

「気のせいよ」

そう言いながらも香奈衣は微笑み、
春輝も穏やかにその笑みを受け止めた。

ふたりのあいだに漂う、
ちょっとした甘さと静けさ――

「……ふふ、ほんとずるいんだから、春輝って」

そんな言葉を交わす一瞬。
その静寂を破るように、バックヤードの奥から断続的な咳が響いた。

「ケホッ……ケホ、ゴホッ……」

香奈衣の顔から一気に笑みが引き、
春輝と目を合わせた次の瞬間には、ふたりとも立ち上がっていた。

バックヤードへ向かうと、
そこにはソファに寄りかかっている舞香の姿。
咳き込みながらも、少し無理に笑っている。

「舞香、大丈夫?」

「……うん。少し良くなってきたから、戻ろうかなって……」

香奈衣はしゃがみ込んで彼女の額に手を当て、
軽く汗ばんでいる肌の様子を確かめた。

「ダメ。今日は朝比奈さんに迎えに来てもらって、そのまま帰って休みなさい」

「でも、私……」

「“でも”じゃない。休むのも仕事。
舞香が無理して倒れたら、結局私が困るの。ね?」

香奈衣のキッパリとした口調に、舞香は観念したように小さく頷いた。

その様子を見ていた春輝が、スマホを取り出しながら静かに言った。

「じゃあ俺、朝比奈さんに連絡入れてきますね。
ちょうど仕事終わる時間って言ってた気がするんで」

「ありがと、春輝くん。お願いね」

春輝はうなずき、カフェスペースへ一度戻ると、
電話の発信音を聞きながら数歩離れる。

「もしもし、朝比奈さん? 島崎です。
舞香さん、今日ちょっと体調崩してて……香奈衣さんが迎えに来てもらえないかって」

『……了解。ちょうどシフト終わるタイミングだから、17時過ぎには行けると思う。リエールでいいんだよな?』

「はい、バッチリです。じゃあよろしくお願いします」

通話を終え、再びバックヤードへ戻った春輝は、
静かにふたりに伝えた。

「朝比奈さん、17時過ぎには迎えに来るそうです。
ちょうど仕事終わりだったみたいで」

「助かった。ありがとう、春輝くん」

「……うん、本当にありがとう」

舞香が申し訳なさそうに頭を下げると、
春輝は柔らかく微笑みながら首を横に振った。

「大丈夫です。俺たち、“そういうチーム”ですから」

香奈衣はその言葉にふっと微笑みながら、
舞香の肩を優しくぽんと叩いた。

「ほら、あんた、愛されてるわよ。自覚しなさい」

舞香は照れくさそうに微笑みながら、
そっと胸の前で手を組んだ。

そしてまた、静かな空気が――
やさしく、カフェに満ちていった。